跡杏 3
軽い合図と共にエレベーターが止まり、杏は凍りついた。
人が、乗って来たら!
しかし、跡部はひょいっと半裸のままの杏を抱きかかえると、静かに開いた扉の外へと出た。
杏は思わず跡部の胸の中に顔を隠すように埋める。
どさり、と些か乱暴に柔らかいソファの上に投げ出されてから、
あのエレベーターがこの部屋の専用だと気付き杏は今更ほっとした。
跡部は杏に構わずにダイニングへ向かう。
開放された杏は何とか起き上がり、濡れた下着を履き直すとソファにきちんと腰掛け、辺りを見回した。
あの高級ホテルとは違う場所だ。
厚いカーテンが閉め切ってあるので外の様子は分からないが、
エレベーターに乗っていた時間を考えるとかなり上階だろう。
こちらもホテルよりは手狭だが、リビングだけで杏の部屋が三つは軽く入ってしまう広さがある。
雑多な感じはどこにもなく家族が住んでいる気配はない。
跡部の為だけのセカンドハウスなのだろうか。
住んでいる世界が違う。
それを痛感する。
かたん、と跡部が傍らのコーヒーテーブルに飲みかけのミネラルウォーターの瓶を置いた。
制服のネクタイを外し、ボタンの開いたシャツからは
外から見た目では分からない程引き締まった胸板が覗いている。
杏は、すっと視線を落とした。
一度は杏が望んでそういう関係を持った。
でも、こんなのは、嫌だ。
杏は必死に言葉を探している。
けれどそれを跡部に説明する事ができない。
跡部は杏の息苦しそうな表情に構わずに彼女のセーラー服を捲り上げた。
「やっ!待って!」
杏の拒絶は何の意味も持たない。
すぐさま跡部の唇が杏の柔らかい肌を責め立てる。
ブラジャーを剥ぎ取り、中に隠されていた小さな蕾を跡部は前置きもなしに蹂躙した。
「や…っ!やだ…っ。」
弱々しい拒絶に、跡部の返答は残酷な程冷淡だ。
あっという間にぽつんと隆起した杏の乳首を舌で滅茶苦茶に転がし、甘く噛んだ。
片手でせっかく履き直したショーツを膝まで擦り下げ、杏の花芯を探し出すと執拗にいたぶる。
「ひっ!やぁ…跡部くん…っ!っきゃっ!!」
ずっ、と跡部の指が蜜壷の中へと差し込まれ杏は悲鳴を上げた。
今までとは違う圧迫感で、その指が二本だと分かる。
まだ不慣れな杏の中が、跡部の指で掻き回される。
「あっ…はぁ…っ!」
杏のたっぷりと潤った柔らかい肉壁の中を蠢く二本の指は、やがて彼女の発達しかけた所を探し出した。
「…あっ!!」
探し当てられた場所にぐちゅりと二本の指が容赦のない刺激を与える。
杏の細い体がソファの上でぐん、と仰け反った。
全身の表皮を何かが這いずり上がってくる。
一気に肌を総毛立たせ杏の身体がぴんと弓形になったまま息さえ出来ずに痙攣する。
内側から、甘い痺れが爆発しそうに膨らんでくる。
「や、だぁ…ぁあっ!!」
やがて、杏の中からぴちゃん、といつもの愛液とは違うものが迸り、ソファをぐっしょりと濡らした。
肉壁の中はぴくぴくと余韻を求めて痙攣する。
跡部は指を抜き、まるで湯水でも被ったようなその掌をべったりとセーラー服の下から覗く杏の腹部に擦り付けた。
「いっちまったか。中までヒクヒクさせてどうしようもねぇな。」
荒い息を吐き、失神寸前の杏は向けられた跡部の笑みに正気を揺り起こされる。
杏は今まで、こんな跡部の笑い方を見た事がない。
跡部に散々からかわれたり馬鹿にされたりした事はあった。
それは跳ねっ返りの子供を相手にした意地悪な『兄』のような態度にすぎなかったが、これは違う。
これは、蔑みだ。
「…お願い。止めて。」
その、笑い方を止めて。
杏は細い声で懇願した。
しかし跡部はぐったりとした杏の唇にまだ濡れている自分の手を押し付けた。
「綺麗にしろ。」
もう、どんな訴えも跡部には聞こえないのだろうか。
白く濁った意識の中、杏は思考を停止した。
ソファの下に崩れ落ち、だらしなく制服を着崩したままどうにか上体を起こすと、
杏は両手を差し出された跡部の手にそっと添えて恐る恐る唇を開き、ちゅ、と音を立てて跡部の手の甲をなぞった。
赤い舌をゆっくりと掌で行き来させ、指を口に含み洗い落とすように舌を這わせる。
冷たい目が、杏を見下ろしている。
跡部が指を抜くと、つられて零れた杏の唾液が跡部のズボンにぽたぽたと零れ落ちた。
その染みを冷淡な表情で眺め、跡部はとろん、と放心した杏の顎を持ち上げた。
「ズボンが汚れた。」
最初、言われた意味が分からずにぼんやりしていた杏の手が、跡部のズボンのボタンを外し、チャックを下ろす。
ボクサータイプの下着の上からでも跡部自身が隆起しているのが分かる。
杏は熱く滾っているその部分を撫でるようにそっと触れた。
「いい子だな、杏ちゃん。」
やっと跡部が杏の薄く透ける茶色い髪を撫でてやる。
たったそれだけの事に、気が遠くなる程ほっとする。
やがてずるり、と杏の前に跡部自身が姿を見せる。
隆々と反り勃ったその部分を、杏は一度すりっと掌で触った。
固い。
これが、あの時自分の中に入っていた。
「これからこれがお前のいやらしい体に入るんだ。さっきみたいに綺麗にしろ。」
どうしたらよいのか分からずにただ、優しくそれを擦っていた杏の耳元に跡部が囁き、
杏の頭をその部分へと誘導する。
唾液を纏って少し開いた唇が跡部自身に触れると、杏はそれをゆっくりと口に含んだ。
大きくて、熱い。
「ん…く…ふっ。」
くちゅくちゅと音を立てて杏の舌と唇が跡部の隆起したペニスの上をたどたどしく滑る。
もう、何も考えられない。
その表皮に浮き出している血管を指と唇でなぞり、口の中で先端を飴を舐めるように舌で転がす。
何の感慨もなく、ソファの背に肘をつき拳を軽く頬に当てて杏の奉仕を眺めていた跡部はその行為に飽きたのか
杏の細い腰を両手で掴むとぐい、と持ち上げた。
「上手にできたな。」
どうしたら、こんな顔を止めてくれるんだろう。
言葉とは裏腹な冷たい跡部の表情にただ、杏は眼を伏せる。
杏の身体を床に下ろし、跡部は面倒くさそうにズボンと下着を脱いだ。
「ここでいいだろ。寝て、脚開け。」
ビリっと杏の背筋に電流が走る。
この男にとって杏の中に渦巻いている矛盾の濁流も、苦しみも、一切関係ない。
この男にとって、自分は遊び飽きたおもちゃと一緒だ。
こんな所に、いたら駄目だ。
頼りなく揺らいでいた心の芯が、ピン、と張りなおす。
力の戻った大きな瞳でキッと跡部を睨みつけ、杏は跳ねるように起き上がった。
みっともなく濡れた下着を不快感を堪えて素早く履きなおし、着崩れた制服の裾を千切れんばかりに引っ張る。
「帰る。」
「誰が帰っていいと言った?」
ぐっと目の前に伸びた跡部の手を、杏は思い切り平手で弾き飛ばした。
ビィン…、と振動が二人きりの部屋の中を揺らす。
「触らないで!」
怒りの炎を帯びた杏の瞳が真っ直ぐに跡部を射抜く。
「もう、跡部くんには会わない。さよなら。」
吐き捨てるように言い切って杏はくるりと踵を返した。
その視界の端で跡部の表情が微妙に揺らいだ事には、気付かずに。
半ば走るようにエレベーターの前まできた杏の身体を跡部の腕が後ろから抱きすくめる。
「っ!!離して!」
「黙れ。」
今までにない程、杏は激しく跡部の腕から逃れようと抵抗する。
ここにいたくない。
こんな男の傍には。
「触らないで!離してっ!」
絶叫の語尾を待たずに杏の身体がドン、と厚い絨毯の上に突き飛ばされた。
思わず息を詰まらせた杏の身体に、ずしりと跡部が覆い被さる。
「うるせぇな。」
「!!」
叫ぼうとした唇を跡部の唇が塞ぐ。
無理矢理にこじ開けられた口内に舌が侵入し、嫌がる杏の舌に絡みつく。
そしてその間に、必死に押さえているショーツが無残に音をたてて破られ、
跡部の指が強引に杏の秘裂へと挿入される。
「…ふっ…、んっ!!」
反応する体が許せない。
どくん、と心臓が跳ね、中から待ちかねていたように蜜が蕩け出す。
敏感な部分への愛撫を求めて自然に腰がもどかしげに蠢く。
唇を離すと跡部は残酷に嘲笑った。
「気持ちいいのか、杏ちゃん。」
「は、なしてっ!」
それでも尚杏は指を抜こうともがく。
跡部はふ、と冷酷な笑顔を見せてぐっしょりと濡れた指を抜くと、杏の太腿を持ち上げた。
「そうか、そろそろこっちの方がいいか。」
ズンッ!と跡部の物が一気に杏の中に突き入れられ、杏は言葉を失った。
頭の芯が高い金属音を発し、一瞬目の前が真っ白になる。
頭の芯が高い金属音を発し、一瞬目の前が真っ白になる。
「根本まで咥え込んでるぜ。すげぇな。」
「やめ…て…っ!」
杏の苦悶の表情に構わず、跡部は腰を使い始めた。
抗い難い快楽の波が、一気に杏の理性や怒りを押し流そうと高くうねる。
こんなのは、嫌だ。
「いや…!!助けて!兄さん!!…桃城くんっ!!ひ…っやぁっ!!」
ガン、と殴られる程の衝撃で跡部の杭を打ち付けられ、杏は悲鳴を上げた。
跡部の右手が、ぐっと杏の顎を掴む。
至近距離で交差した視線。
その跡部の目に宿る陰鬱とした狂気に、杏は目を見開いた。
「そうだな、桃城にも見て貰え。好きでもない男に突っ込まれてよがり狂ってる様を。」
「止めてっ…!」
桃城の笑顔が脳裏を翳め、杏は思わず眉をきつく寄せて唇を噛んだ。
はっきりと後悔と苦痛の滲むその表情に、跡部は杏を押さえ込む腕に力を込めた。
「もう、遅い。」
その言葉と共に跡部は更に激しい律動を始める。
「や、ぁっ!!」
杏は腕を突っ張り逃れようと身体を仰け反らせる。
無防備になった杏の首筋に、胸元に、跡部の唇がきつく吸い付き鮮やかな花を散らせる。
杏が以前、許さなかった所有の証を、跡部は杏の身体に刻み付ける。
「い…や…、やめて…っ!」
杏はただ、快楽の真紅の波間に飲み込まれながら、細い懇願の声を漏らし続けた。
杏の身体は壊れた人形のように動かない。
柔らかい絨毯の上に転がった杏の精液で汚れた半裸の身体を、跡部はソファに座って見下ろしている。
その青い目には、何の感情も浮かんではいない。
疲れきったようにソファに身体を沈め、自分が何故こんなに杏を痛めつけたのかその理由を考えていた。
手に入らないものは、何一つなかった。
もし手に入らないものがあるならば、この手で壊してしまった方がいい。
跳ねっ返りの可愛い子猫。
杏は跡部にとってからかう対象でしかなかった。
彼女に手を出したのは、単なる退屈しのぎの筈だった。
杏は自分の手から逃げようとした。
他の誰かが手に入れるのは業腹だ。
だから、壊してしまった。
…違う。
ゆっくりと大儀そうに身体を起こし、跡部は意識を失った杏を床から抱き上げた。
軽い。
今まで遊び尽くした女達とはまるで違う、あまりにも華奢な体。
その身体中に咲く、紅い所有の証。
痛々しげに表情を歪めると、抜け殻の身体を労わるように抱き締める。
分かっている。
身体の欲求で、こんな刻印で、縛り付ける事などできない。
初めて心の底から切望したものが手に入らないと分かって、まるで地団駄を踏む子供のように杏を痛めつけた。
認めたくない、知りたくない、そして気付かぬ振りをし続けていた己の深層を見せ付けられる。
駆り立てたのは、嫉妬だ。
欲しいのは、あの笑顔だ。
桃城に向けられたあの笑顔だ。
ぎりっと奥歯を噛み、跡部は杏を優しく抱き締めると、ただ懺悔をするように俯いた。
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