不二×由美子



あの女性が特別なのだと気付いたのは、不二周助の身長が彼女の背を追い越した頃だった。

金曜日の午前零時。

不二家のチャイムがけたたましく鳴り響く。

そろそろだと思っていた周助は特に驚きもせずに照明を点けたままになっている玄関へと向かった。

ドアを開いた途端、ふわりと甘い香りに乗って柔らかい体が周助の腕の中に飛び込んで来る。


「周助ぇ。ただいまぁ!」


真紅の唇が甘ったれた声を上げ、不二とまったく同じ色の緩やかにウェーブのかかった長い髪が頬を擽った。

漂う酒精に不二は顔を顰める。


「姉さん…またこんなに。」


「ど、どうも、こんばんは。」


説教を始めようとした途端、扉の向こうにいた男が遠慮がちに不二に声を掛けた。

穏やかな不二の顔がぴくん、と俄かに表情を消す。

その不穏さに気付いたのか気付いていないのか、男は聞いてもいないしどろもどろな説明を開始する。


「いや、あの、由美子さん酔っ払っちゃって。こんなに飲ませるつもりじゃなかったんですけど…。」


「送って頂いてどうもありがとうございました。」


男の言葉を遮るように言い捨てて、不二は問答無用に扉を閉めると聞こえるように鍵を掛けた。

今月で、五人目だ。


「周助ぇ。怒っちゃった?もうしないからぁ。」


腕の中で不二の姉、由美子が舌足らずな声を出しながら、抱きとめている不二の腕にすりすりと頬擦りする。

不二は呆れかえったように溜め息を吐き、その姉の身体を子供を抱くようにひょい、と持ち上げた。


「先週もそんな事言ってたよ。」


「だってぇ。」


きゅうっといじめられた子供のような顔で不二をじっと見詰める。

こんな顔をされると、きつくも言えない。

リビングの扉を開け、柔らかいラグマットに姉を降ろしてやると不二は冷たい水を取りに冷蔵庫へと向かう。

この広い家に、今は二人きりで住んでいる。

母は二週間、父の単身赴任先へ。

弟は学校で寮生活。







年齢の離れている美人占い師として名高い姉は普段は理知的で近寄り難いイメージなのだが、

酒を飲むと人が変わる。

甘ったれで奔放で、そして、男を惹きつけて離さない色香を撒き散らす。


「彼氏?」


ペットボトルを差し出しながら、不二はいつもの質問をする。

姉は美味しそうに水を飲み干し、無邪気に笑う。


「まさか。趣味じゃないわ。」


誘われたから、ちょっと食事に行っただけ。

いつも決まった返事。

今日の男は不二より、頭一つ分以上は背が高かった。

胸がちくりと痛む。いつから、こんな事を気にするようになったのだろう。

由美子はぽん、と空になったペットボトルを放り投げるとそのまま横になる。


「部屋で寝なよ。風邪引くよ。」


投げ出されたペットボトルをゴミ箱に入れ、不二は姉を上から覗きこんだ。


「う…ん。」


薄茶色の柔らかな髪が、白いラグマットの上で艶やかな曲線を描いている。

薄く開いた瞳はとろんと正気を失い、白い頬が仄かに上気している。

捲れあがったスカートから伸びるしなやかな脚。

唇に触れている細い指先。

綺麗な、人。

突然下からするり、と腕が伸びて不二の首を捕まえた。


「抱っこして。」


「姉さん。」


「部屋まで。ね?」


普段決して見せない姿だけに、甘えられると、弱い。

不二は由美子を抱き上げた。

きゃあっ、と由美子は歓声を上げて不二の首にしがみ付く。

甘い香りが鼻腔を擽り、不二は瞬時奥歯を噛締めた。

柔らかい唇が首筋に触れる。

洋服越しにもはっきりと分かるその曲線。

どうか、静まれ。


「重いよ。太った?」


高まる心音を押し隠し、ふふふ、と笑い声を上げながら不二は階段を上がると

姉の部屋のドアを開け、奥にある天蓋付きのベッドに姉を降ろした。






「はい、到着。」


離れようとするが、首の後ろで絡まった由美子の手は解けない。


「姉さん?」


「太ったって言った…。」


禁句だった。

十分なスタイルを保っている癖に、女性にしては背の高い由美子は体重を気にしている。


「ごめん、冗談だよ。」


由美子のしっとりと濡れた瞳がじっと不二を覗き込む。


「ホントに?」


「姉さんは綺麗だよ。」




――世界中の誰よりも――




本音が漏れそうになって不二は苦笑した。

ずるり、と腕が解け、ゆっくりと由美子の身体がベッドに沈む。

不二は一つ肩で息を吐くと、照明を消し、ドアへと向かった。


「おやすみ。」


その声に、また由美子がむくりと起き上がる。


「周助、一緒に寝よう。」


「何馬鹿な事言ってるの。」


今、自分はどんな顔をしているのだろう。

不二は振り返る事も出来ずに逃げるようにドアの外へと出た。

その後ろを由美子の声が追い掛ける。


「皆、意気地なしね。さっきの人もそうだわ。」


不二は、その場に打ち付けられたように動きを止めた。

今、彼女は何と言った?

さっきの男を、誘ったのか?

暗がりの中、由美子の身体がまたベッドに倒れ込む気配がする。


「皆、口ばっかりだわ。誰も、私に触れようともしない…。」


美辞麗句を並べ立てるばかりでいざとなると「俺には勿体無い」。

今日の男もしつこく食事に誘って来た割には二人きりになった途端緊張してろくに会話もできない。

由美子はぐったりと力を抜いた。

化粧も落としていないし、着替えもしなくてはいけない。

でも、もうそんな気力もない…。

ぎ、とベッドが軋る音に由美子は目を上げた。

暗がりにぼんやりと人の影が見える。






「周助?」


「誘ったの?」


いつもよりも少し低いその声。

しかし酒に酔った頭では何も考えられない。


「そうよ。でもキスしてお終い。」


自嘲気味に竦めた肩を急に押さえつけられ、由美子は目を瞬いた。

何が、起こっているのだろう。

ぐん、と身体が持ち上がりきつく抱き締められる。


「無理に、あんな男にやる必要なんてないよ。」


慰めるような不二の声に、呆然としていた由美子はゆっくりと身体を預けた。

優しい弟。


「じゃ、周助にあげる。」


由美子の唇から零れた言葉に、不二の身体が硬直する。

姉は酔っている。

結果的に振られて、傷付いている。

だから、こんな事を言うのだ。

でも…。

ゆっくりと不二の手が由美子の頬を撫でた。

後悔するかも知れない。

それでも、いい。

ぐっと身体を引き寄せ、唇を重ねる。

呼吸するのが惜しい程に舌を絡ませ、吸い上げる。


「…ふ…っ。」


息の合間に漏れる唾液と由美子の細い声。

ボタンを外す度に薄暗い闇に浮かび上がる白い身体。

不二はその肌に優しく唇を落とす。


「…ん…ぁ。」


今まで付き合ったのも全て年上の女性だった。

しかし誰の事も姉程に愛しくはなく、誰も姉程は美しくなかった。

柔らかい肌をシャツの下で撫で、シルクの下着のホックを外すと豊かなバストが露になる。

何て、綺麗な人なんだろう。

欲望を通り越えてただ不二は感嘆する。

ゆっくりと掌で揉むと由美子は、くふん、と甘えた声を上げた。

既に意識は朦朧としているようだ。

きっと、明日には忘れてしまうだろう。

それでもいい。

不二は白い丘の頂点に咲いている紅い蕾を口に含み、ちゅっ、と音を立てて吸い上げた。


「や…ん。」


由美子の身体がぽうっと熱を帯び、しなるように仰け反る。






流れるような曲線を描く腰の下に腕を差し入れ、不二は由美子の身体に折り重なった。

スカートを脱がし、レースのショーツに手を差し入れる。

改めて確認する必要もない程に熱を帯び、潤うその場所。



――姉さん――



そう、声に出そうとして不二は口を噤んだ。

どうか、正気に返らないで。

言葉の代わりに口付けを落とす。

指先は、もどかしげに彼女の蜜を湛えた秘裂を弄る。


「ぁ…はっ。」


極上の艶やかさを孕む声が赤い唇から零れる。

脇腹から乳房を経て腕へ、指先へと丁寧に舌を這わせる、

彼女の身体を労わるような愛撫。

首筋からうなじへ。ほんの少しだけ歯を立て、遠慮がちに吸い上げる。

大切な人。

愛しい人。

ストッキングをガーターベルトから外し、熟れた果実を扱う慎重さで傷を付けないようにそっと脱がせる。

唇で太腿の滑らかな肌をなぞり、既に露になっているたっぷりと蜜を湛えた秘裂へと口付ける。

それは、まるで神聖な儀式のように。


「んっ。」


ぞくりと背筋を這い上がる刺激に由美子は身体をくねらせてシーツに皺を作った。

不二の舌が、双丘の谷間をなぞり、その奥へと差し込まれる。

襞を捲り、隠されていた花芯を探り当てると丁寧に舐め上げる。


「ぁあん…!」


極度の睡魔と、久し振りに味わう快感とが入り乱れ、由美子はうっとりとその所作に身を委ねた。

ジュッとあからさまな水音と由美子の荒い息遣いが、しんと静まり返った室内に響く。

不二はつやつやと隆起した花芯を舌先で形を確かめるように擽り、指を奥へと侵入させる。


「ぁ…くぅっ。」


もう堪えきれない程に熱いマグマのような物が身体の奥から沸き上がり、

由美子の身体ががくがくと震え出した。


「き…ちゃう…!お、願い…。」


肉襞が刺激を求めてヒクヒクと強請る。

蕩け出すねっとりとした蜜を舐め上げると不二は身体を起こし、すっと由美子の身体を掌でなぞった。

たったそれだけで敏感になった由美子の身体がぴくん、と跳ねる。






普段、象牙の彫刻のような肌がうっすらと汗ばみ、熱を放っている。

不二はぐっと由美子の腰を浮かせた。

姉の唇から くふん、と甘い吐息が漏れる。

既に熱く反り勃っている自身を、不二は柔らかく緩んだ姉の花弁にあてがった。


「ぁあっ…!」


由美子の唇が、歓喜の媚声を上げる。

欲望を突き立ててしまえばいい。

いずれ、誰かの物になってしまうのだから。

不二は、指先で乱れてさえ美しい姉の髪を梳いた。

そして、シーツに投げ出された彼女の手をそっと取り上げると、口付ける。

人形のように白く、細い指。

優しく、何度も、何度も口付ける。

やがて。

渦巻いていた熱は暗闇に飲み込まれ、由美子の静かな規則正しい寝息だけが部屋に沈む。

不二はそっとベッドを降りた。

音を立てないように部屋を出ると、振り返らずにドアを閉めた。

深く息を吐き、廊下の明かりを避けるように目を伏せる。

いっその事、滅茶苦茶にしてしまう勇気があれば良かったのに。

苦しげに胸を押さえた後、不二は諦めたように一人薄く笑った。








「おはよう、周助。早いわね。」


翌朝、部活へ出かける為に玄関を出ようとした不二に、

完璧に身支度を整えた由美子が階段から降りながら声を掛けた。


「おはよう、行ってくるね。コーヒー入ってるから。」


「ありがとう。行ってらっしゃい。」


何事もなかったように、由美子はにっこりと微笑む。

覚えてはいないのだろう。

覚えていたとしても、夢でも見ていたと思っているだろう。

その方が、いい。


「行ってきます。」


「あ、周助!」


ドアを出かけた不二に声を掛け、由美子がとん、と玄関へ降りてきた。


「袖、ほつれてるわ。」


由美子は不二の腕を取ると、髪をかき上げ、袖口へ唇を寄せる。

上から覗き見えるうなじに、不二はちらりと目を走らせた。

ぷつり、と糸が切れ、唇が離れる。


「はい、行ってらっしゃい。」


「ありがとう、姉さん。」


不二は、極めていつも通り微笑んで礼を言って軽く手を上げ、ドアを抜けた。

昨日、ささやかに付けたあの赤い跡が、いつまで残っているだろうと考えながら。






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