桃杏 (節分)



「あ、桃城くん!」


部活の帰り道に、見知った少女から声を掛けられた。

不動峰中の橘 杏だった。

気さくに挨拶を返す桃城。


「おう。どうした?こんな時間にこんな所で。」


「うん。ちょっときみに用があって。」


さて、なんだろう。

桃城は不思議に思った。

どうも自分には、いつも目の前の少女の考えを見抜くことができないでいる。

今日は一体どういったことなのか。

と、そういうことを考えているような表情をしていたのだろう。

杏がくすくすと笑った。

持っていた手荷物を桃城に掲げてみせる。


「はい、これ。」


「なんだ?これ。」


「太巻き。作りすぎたからおすそ分け。」


「太巻き?お前ん家の晩飯か?」


「今日って節分でしょ?関西では幸福を願って食べるんだって。最近関東でも宣伝してるじゃない?」


「へーえ。ありがとな。」


桃城は、そのつつみを遠慮なく受け取った。

笑顔を見せる杏。


「うん。用はそれだけだから、じゃあね!」


「あ。待てよ!」


思わず去り際の杏の腕を掴む桃城。

止まる杏。

桃城を見上げた。


「何?」


「あ。いや、なんとなく・・・。これ、お前が作ったのか?」


「そうだけど?」


桃城は何か考えた。

今、杏を引きとめたのは反射的で、別に深い意味があったわけではない。

しかし、深い意味がなく呼び止めたとあっては、より深い意味が生まれそうで、

必死に杏を呼び止めた理由を考えていた。


「あー、その。俺、今腹減ってるんだ。」


「そう。」


「そう、それでだ。」


見上げる杏の瞳は純粋だ。

不思議そうな色を湛えている。

桃城はとうとう苦し紛れに言った。


「容器返しに行くのも面倒だし、今食うから待ってろよ。」






杏の作ったと言う太巻きは、見た目も美しく味も良かった。

切り口から色とりどりの具財が美しく切断されている。


「へえ。うまそうだな。」


「ありがと。」


微笑みながら返す杏に、とりあえず場は凌げたものと思い、一息つく桃城。

しかし、部活の後で確かに腹が減っていたのも事実で、桃城はありがたくごちそうになることにする。

大きな口で一口。

一切れを食べる。

口いっぱいに広がる寿司飯は具と調和して美味かった。


「うまいなぁ!橘、料理美味いんだな!」


「そう?ありがと。これでも家事はけっこう得意なのよ?」


「へぇ。人は見かけによらねぇな。」


「どういう意味よ?」


怒った振りをする杏をからかいながら、桃城はあっと言う間に容器の中身を一切れだけにした。

これを食べきって、容器を返せば杏は帰ってしまうだろう。

もう日も落ちかけているし、早く帰らせたほうがいいのはわかっていたが、どうにも、何と言うか。

もったいない気がした。

最後の一切れをなかなか食べない桃城を、杏はいぶかしんだ。


「どうしたのよ?食べないの?おなかいっぱいになった?」


「いや。そーいうわけじゃ、ねーんだけどよ。」


説明し難い心境に、どうしたものか桃城は悩んだ。

そして、一言。


「なぁ。なんで、これを俺に持ってきたんだ?」






部員全員に配るのなら、わかる。

不動峰の連中に配るのも。

けれど、どうして自分だけなのだろうか。

それも、部室に来るでもなく、こんな所で待ち伏せして。

なかなか答えを返そうとしない杏を、桃城は見た。

杏は、真剣なような、それでいておどけているような、そんな曖昧な瞳で桃城を見ていた。

しばらく、沈黙する。

日は、完全に落ちようとしていた。

もうしばらくこんな沈黙が続くかと思われたが、意外にも早く杏は素早く行動した。

容器の中の寿司を取り、むりやり桃城の口の中に突っ込んだ。

驚く桃城。

しかし、声は出ない。

無論、太巻きが口に入っているからだ。


「むぐぐ!?」


「あのね。」


容器を手早く片付けながら、杏はまくし立てるように言った。


「幸せになるために食べるんだから、幸せになってほしい人のとこに持って来たに決まってるでしょ!」


何をいってるんだ、この馬鹿は。

そんな目で桃城を一瞥した。

固まる桃城。

その桃城に近付き、桃城がくわえた太巻きの端をかじった。


「味は悪くないわね。うん。」


一人納得する杏。

桃城は身動き一つ取れないでいた。


「じゃあね。桃城くん。機会があったらまた会いましょ。」


颯爽と去っていく杏の後姿を見送りながら、桃城はそのままの姿で、完全に日が落ちるのを感じた。




 終わっとけ。






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