跡杏小話
杏は兄と待ちあわせるため、駅前のマックで軽食を取っていた。
パーカーにミニスカートとラフな格好だったが、サバサバした杏にはよく似合っていた。
テーブルの席に座りながらぼんやり窓の外を見つめる、とりとめのない時間を過ごしていると、ポンと肩を叩かれた。
「おにいちゃ…あれ?」
振り向いたそこには、制服姿でもムカツクくらいにキマっている跡部景吾が立っていた。
「悪いな。兄貴じゃなくて」
跡部は向かいの席に勝手に座った。
杏はこれ以上ないくらいにわざと不機嫌な顔をした。
「そんな嫌そうな顔すんなって」
「…別に、あなたに関係ないでしょう?」
と言うなり、ツンとそっぽを向く。
喋るのも面倒になった杏は残りのドリンクを一気に飲み干す。
無言のまま席を立とうとすると、手首をしっかり跡部に握られた。
「なっ…放してよ!」
「まあ、座れって。あんま騒ぐと目立つぞ」
ムッとしたが、手首の力が緩む気配もなく杏はしぶしぶ今 座っていた座席へ腰を下ろした。
「あたしに何の用ですか?!忙しいので早くしてください!」
眉を八の字にした杏はそう言った。
先程までのボーッとしていた様子から見て、とても『忙しい』ようには見えなくて
…跡部はククッと小さく苦笑した。
「今日誕生日なんだって?」
その言葉に杏はキョトンとなる。
なぜ知ってるのかと、突っ込みたかったが…
「コレ、やるよ」
スポーツバックでないほうの通学鞄から、
パープルクリームのリボンで綺麗にラッピングされたハガキ大ほどの小箱が出てきた。
「なっ…あなたから貰う義理なんてないです!」
小可愛いその包装の中身は気になるが、相手が相手だ。
「じゃ、この間のお詫び…で、どうよ?」
ニヤリと笑みを浮かべる跡部。
この間の…
無理やりデートに誘おうとしたことだろうか?
会う度に嫌味なことしかされてないような気が…。
と、思い出して怒りが再噴しかけたが今日の彼はどこか違う。
上から見下すわけでもなく、同じ視線の高さでこうして目の前にいる。
とても…不思議な感覚。
考えればこんなちゃんとしたプレゼントは兄と神尾以外に貰ったことがない。
そんな杏の揺らぐ心に追い討ちをかける
「お前にあげたい気持ちなんだよ。」
その言葉に心が動く。
どこか真剣な眼差しにグッと軽い威圧も感じるが…
嫌ではない。
(まあ、貰うくらいならいいかなあ…?)
「っ…、お、お返しはないからね!」
なかば奪い取るような形で受け取る。
ドキドキしながらリボンを解いて、慎重にテープを剥す。
その様子はまるで子どものようで…
口元を手で押えて跡部はまた微笑した。
包装紙を除くと、白い紙箱が現れた。
持ち上げると軽い。
なんだろう?と杏は蓋を開けた。
そこには…
「いいだろ?シルクの総レース。まだガキだから色は白にしといてやったからありがたくおもっ!」
杏は羞恥にプルプル震えた手で、空き箱を思いっきり跡部にぶつけた。
クリティカルヒットだ。
「このエロ中学生!誕生日にパンツあげる男がどこにいるのよ?!」
杏の声に周りも振り向く。
しかし怒りでそんなこと気にしてられなかった。
「パンツじゃねぇよ。紐ショーツだ。高いんだぜ。」
お前じゃ手が届かない代物だぞ?と、追加で言われたのが余計に腹立つ。
そういうこと言ってんじゃない!とテーブルを叩く杏。
それをニヤニヤしながら見つめる跡部。
「なにがおかしいのよ?!」
「怒っても可愛い顔してんな」
プチッ。
まともに会話できない相手にキレた杏は
「もう帰る!さよならっ!」
バックを肩にかけるとズカズカと出口に向かう。
「ふーん、怒っても一応貰ってはくれるんだな?」
「っ…!」
杏の右手にはレースが縁取る白い布が握られていた。
「か、返すわよ!勢いで持ったままだったの!」
「いらねーよ。俺、そんなの履く趣味ねーし」
あたりまえだが。
「あ…、そっか。お子様杏ちゃんはそんなの履けないか。ハハハ、悪かったな」
跡部はわざとらしく高笑いをする。
「っ…もう知らない!バカ!大っ嫌い!」
レパートリの少ない悪口を吐き捨てると、走りだして杏は店から姿を消してしまった。
跡部は先刻まで杏が座っていた席を見つめながら言った。
「鉄の鎧が一枚ハゲたってところか…」
その後、橘家
「杏、どうした?料理冷めるぞ?」
「な…なにも」
杏は兄の手料理に箸を伸ばしながら考えていた。
(…あいつ。男のくせに下着コーナー行ったのかしら。)
杏はソワソワして買い物する跡部を想像してプッと吹き出す。
しかし、この便利な時代。通販でもラッピングはしてくれるのを杏は知らなかった。
やはり跡部のほうが一枚上手だった…。
おわり
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