ダビデ×巴




初めて出会ったのはJr選抜。

自分のプレイに自信が持てなくて、納得がいかなくて。

逃げ出したくなったあのとき。

昼休みにそそくさと食事を終えると宿舎の屋上へ行ってみた。

別に禁止されている訳じゃないし。


「…どうしよう。全然ついていけないよ。こんなんじゃ、先輩たちにも竜崎先生にも迷惑かけちゃう」


屋上へのドアを開けた瞬間広がった、海。

コートにいるときは防風林のおかげでそんなに感じられないけれど、

高いところにくるとほんのりとした潮の香りと階下から吹き上げる風が体を包み込んだ。

合宿所が海辺にある。

それだけでうれしかった。

待ちかまえる現実も想像せずに。

今はただ、あの広い海が自分の限界を示しているようで、何となくイヤだった。

海を背にして、フェンス越しにじっと裏手の山並みを眺める。

春にはまだ少し早い寒々とした山林。

でもいつかは春になって必ず芽吹くんだよね。

私と違って。

どのくらいこうしていたんだろう。

練習、行かなくっちゃ。

よし。

海と目を合わさないように、一気に非常階段目指して突っ走る!

と、我ながらばかばかしいけどそう思った。

いっそ、にらんでやろうか。


「あれっ!?」


ふわり。

小さなシャボン玉が流れてきた。

海からの風に流され、私の脇をすり抜けてははじけて、すり抜けては高く舞い上がる。


「しょんぼりするより、シャボン玉。……ぷ」


このあり得ないだじゃれと含み笑いは、確か初日に出会った六角中の。


「天根…さん?」


「うい」


やっぱりそうだ。

何事にも流されない髪型。

いつも何かを考え込んでいる、彫りの深い顔。


「やっと気がついた」


天根さんの指先から小さなシャボン玉がふわぁとあふれ出す。


「えええ!!天根さんてば手品師だったんですかっ!」


「そうじゃない。やってみるか?」


「うわぁ、ちっちゃいです。こんなかわいいの初めて見ましたよ」


手渡してくれたのは、ペンダントになったアヒルのシャボン液。

キャップに息を吹き込むスティックがついている。

ふーーーっと力一杯息を吹き込んでみるけれど、全然シャボン玉が作れない。

ふーふーとネコのように唸る私を見かねて、天根さんがアドバイスをくれる。


「もっと肩の力を抜いて、深呼吸するみたいに…」


ぱぱぱぱぱっと、海にも山にも空に舞っていく私のシャボン玉。

ちょっと力を抜いただけなのに、こんなにたくさん飛んでいくなんて思わなかった。


「天根さん、天根さん!!見ましたか。私にもできましたよ!!」


「…」


「あまねさん?」


「……そのくらい力を抜いた気持ちで、練習した方がいい。いまの赤月は必死すぎて空回りしている」


「え」


「周囲を気にしすぎて必要以上に力が入ってる。自分をよく見せようと無理するのは良くない」


「そんなことありません。…私、みなさんに追いつきたいんです。もっと強くなりたいんです!」


そう、強くなりたい。

こんなところでぼんやりしている場合じゃなかった。

今からでも練習しなきゃ。


「すいません天根さん。私、練習行ってきます。失礼しま…!?」


走り出そうとした私の両肩をがっちりと押さえ込まれてしまう。

一歩も進めない。

悔しくて顔をあげたその先には、天根さんの顔が迫っていた。

まっすぐにのぞき込む視線をどうしても逸らすことができない。


「うう…」


「やっぱ怖い顔。こわばってコワイ顔。…あ、そうだ」


何を言われるんだろう。

動けはしないけれど、つい身構えてしまう。


「いや、みんなとかくれんぼしてたの忘れていた」


「……」


「まいった。まーいっか。…ういっしょっと」


気がついたときには私の体は宙に浮き、非常階段がどんどん遠ざかっていった。


「な、な、なんですか!私は関係ないですぅ〜〜」


「関係あり。赤月はきっとサエさんに嘘がつけない。一緒に隠れた方がいい」


私を軽々と担ぎ上げたまま、天根さんは平然と答えを返す。


「鍵が開いていたから機械室に入れるいい機会。…ぷ」


ぱたん。

私の鼻先で、扉が閉じられる。

もっとこう、ホコリっぽくて薄暗いと思っていた部屋の中は思いがけず明るかった。

明かり取りの窓から陽光がやんわりと差し込んでいる。

機械音の騒々しさもない。

何もかも静かだった。


「鍵はかけられない。こっち」


手早く私を降ろすとこれまた素早く私の腕を取り、ぶつぶつと部屋の奥へ連れて行かれる。

更衣用ロッカーのような機械のあいだを抜けて、うまい具合に機械と柱のあいだに潜り込む。


「壊れてたんですか?」


間抜けなことに、天根さんのペースにすっかり取り込まれてしまった。


「ルールで決まってる。閉じこもってたら面白くないし。15分で隠れて30分間見つからなければ価値ある勝ち」


「はあ」


たしかに鍵かけて閉じこもっていたら絶対に見つからないし面白くないよね。

鍵…かけて。

天根さんとふたりきり。

妙な575に自然と顔に熱がこもっていくのが分かる。

手のひらに汗がじんわりとにじみ出てきた。


「エレベーターの改修で使わなくなった機械室だから、そんなに暑くはないと思うけど?」


怪訝な顔をして顔をのぞいてくる天根さん。

この明るさだと、顔の火照りがバレバレみたいだった。


「あ、そっちの奥の隙間に私が入った方が見つかりにくいですよね!?」


「…うい」


天根さんを押しのけて、ぐいっと体を割り込ませる。

って、何してるんだろう。

私。

照れ隠しのつもりがとんでもないことになっているんじゃ…。













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