海堂(×巴)+乾



春まだ浅い日曜日。

海堂はいつものようにトレーニングに励んでいた。

しかし、今日隣にいるのは、ミクスドを組んでいる1年下の後輩ではなく――卒業した長身の先輩だった。

乾貞治。

長身から繰り出される高速サーブとその卓越した理論、努力を惜しまない性格、

それに収集しているデータの威力も相まって、その実力は青学テニス部の中でも上位に入っていた。

また、わけ隔てなく人と接するところから、下級生からの人望も厚い。

他人と壁を作りがちな海堂も、彼のことは信頼している。

巴とのことも、いつの間にか知られていた。

また乾自身も、彼女のことを先輩としてかわいがっているように見えた。

一人っ子の巴も、乾のことを兄のように思っている節がある。


――彼が、海堂とどんな会話を交わしているのか知らないまま。


「ねえ海堂、これ飲ませてみてよ」


ニヤリ、と笑う。

その両目は度の強いメガネの奥に隠れて見えないが、きっと細められていることだろう。

薄赤い、アセロラのジュースのような色の液体。

匂いを嗅いで見る。

甘い。

爽やかと言っていい匂いだが、……しばらく嗅いでいると頭の中が痺れたようになってくる。


「ああ、あんまり長い時間嗅がないほうがいいよ。ここでその気になられたら俺が困る」


「なんスか? これ」


率直に聞いてみる。


「…海堂にとっては、嬉しいものじゃないかな」


更に笑みが深くなる。

まるでメフィストフェレスのようだ。


「『俺にとっては嬉しいもの』、スか?」


「ああ、もちろんトモエにとっても嬉しいものになると思うよ」


「…どういうことです?」


「好きな男に気持ちよくしてもらうのって、たぶん女の子にとっては嬉しいと思うよ」


「……先輩」


なんてことを言うのだ、この先輩は。

海堂は嘆息した。
確かに、彼女に触れたいとは思う。

しかし、一服盛ろうなどとは。

……確かに、それもひとつの方法かもしれないとは思う。

しかし、そのことが巴にばれて嫌われることが何よりも恐ろしい。

やっと……やっと、想いを伝えたばかりなのだから。


「大丈夫だよ」


海堂の考えを見透かしたような、乾の声。


「これは催淫剤だが快感を増幅する作用もある。記憶障害も出ない。

 ……つまり、自分がよがり狂っているときの記憶がバッチリ残るわけだ」






それはどういうことか、と問う前に乾の声が続く。


「…だから薬が切れても、海堂に対する疑念より自己嫌悪の方が強く出ると思うよ、トモエの性格だとね」


「……だからって、こんなもん飲ませなくても……」


「海堂だって、手が出せなくて困ってるでしょ? あの子の天然バリヤーは強力だから」


なんでそのことを知っているのか。

海堂は驚いた。

と同時に乾がそのことを知っていることを至極当然とも思っていた。

この男には、隠し事は通用しないのだ。

2年間一緒にいて、嫌と言うほど分かっていた。


「…こんなもんあいつに飲ませて、どうするんです?」


「どうなるか、見てみたいじゃないか」


また、ニヤリと笑う。


「あの子が、どんな風になるのか…」


ぞくり、と海堂は背筋に戦慄を覚えた。

まさか、この人まで彼女を狙っているのか…!?


「ああ、勘違いしないでくれよ。トモエは俺にとってはそういうことの対象外だ。

 …ただ、ああいう、まだ『子供の世界』に住んでいるような子がどういう風になるのか、見てみたいだけだ。

 協力してくれるな? 海堂」


ホ、と詰めていた息を吐く。

少なくともこの人はこういうことで嘘を吐くような人間ではない。

…少なくとも、乾は競争相手ではないことがハッキリした。

彼女に好意以上の感情を抱いている男は、意外なくらい多いのだ。

これ以上敵が増えるのは、さすがの海堂も勘弁してほしかった。

…しかし、それと乾の申し出を受けるかどうかは別問題で。


「アンタには見せねえっス」


乾の申し出をきっぱりと拒否する。

何が悲しくて何よりも大切な女の痴態を、恩のある先輩とは言え他の男に見せなければならないのか。


「まあそうだろうな。その答えは予想していたよ……じゃあ、はい、これ」


海堂は乾が手渡してきたものをまじまじと見つめた。

ICレコーダーだ。


「先輩、これは…」


「せめて声ぐらい聞かせてくれてもいいだろう? 貴重な薬を提供するんだから。」


「……」


誰がその薬を使うと言ったのか。

海堂はそう反論しようとした。

しかし、先程までの乾との会話が、彼の自制心を麻痺させてしまっていた。

…それに、毎夜毎夜想い浮かべている巴の肢体、その実物を見ることができるという期待が、

彼の考えを黒く染めた。






「…飲ませれば、いいんですね?」


「ああ、飲ませてすぐに効果が出る。目の焦点が合わなくなったら効いているから。

 それと、会話は飲ませる前から取ってくれ。どう変わるかはっきり知りたいからな」


この後予定があるから、と乾が立ち去った直後、海堂は携帯を取り出した。

押し慣れた短縮番号を押す。


「はい、赤月です!」


「……俺だ」


なんて言おう、いつ飲まそう、そんな考えが思考を支配する中必死に言葉を探す。


「…お前、春休みの予定、どうなってる?」










あ、エロにならない。お粗末。








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