切原→原



どんなに鍛えても、やっぱり物理的に無理があることがある。

例えば、160台の身長の男が、180ある女をお姫様だっこするとかだ。




女にしか見えないが、これでもまだ13歳の少女が、これ見よがしに溜息をついた。

とりあえず、声をかける。


「どうしたよ。」


少女は、切れ長の瞳をちらりとこちらに向けただけで、何でもないというように首を横に振った。


「気にしないで。」


気にしてくれと言っているようなものだ


「さっきから、何読んでるんだよ。」


教室でなにか雑誌のような物を広げている。

この原 涼香という少女は、学校であまりこういうものを読まないので、ミスマッチな感じがする。


「赤也には関係ないわ。―――って、なに覗きこんでんのよ!!やめなさい!!」


「へへー。少女漫画?原、こんなん読むのかよ。」


安い紙に、なんだかキラキラした絵の漫画が描かれている。

果たして面白いのか、自分にはわからない。

じっと覗き込んでいると、後ろから首根っこを捕まえられて、ぶら下げられた。

足が軽く宙を浮く。


「うっわ!!何すんだ!!くるしいって!!ヤメテー!りょーかちゃーん!!」


「うるさい。勝手に人の本、盗み見たりしないで。」


ぴしゃりと言って、床に下ろされた。

何か一つ、嫌味を言ってやろうと原の顔を見上げると、はっとした顔をして、苦い表情になった。


「何だよ。どうしたよ。」


「・・・別に。何でもない。」


何でもないなら、なんでそんな傷ついた顔をする。

俺が何か悪い事をしたみたいじゃないか。

そっちの方が、俺をぶら下げたくせに。
 
そこまで考えて、そうか、と納得した。


「・・・別に、お前が俺をぶら下げるなんて、今日始まった事じゃねーだろ。」


男一人ぶら下げる腕力と身長が、気に入らないことくらい知っている。

でも、何で気に入らないんだか。

男の目からすると、うらやましいもんだ。


「あんたは、どう思う・・・?」


「は?」


何をどう思うのか、さっぱりわからなくて、聞き返す。

イライラしたように睨み付けてくるが、その瞳には羞恥の感情が色濃く出ているのを感じた。


「だから!・・・こんなに背の高い女は、嫌だと思う?」


思う?だって。

普段涼しげにしてるくせに、こういう時は無自覚に可愛くなる。

物凄く意地悪したい気分になったが、今すると、きっともうミクスドなんて組んでくれなくなるに違いない。

間をとって、俺はこの質問を誤魔化す事にした。


「さぁね。俺に聞いても、しかたねーんじゃねーの?」


「どういうことよ?」


「だって、原は俺と付き合いたくてそういうこと、聞いてるんじゃねーだろ?」


「!!」


原の顔が、途端に真っ赤になった。

可愛い奴。

一瞬、真田副部長の顔が頭をよぎったに違いない。


「あっ・・・当たり前でしょう!!な、何であんたなんかと・・・!」


「へー。そーゆーことゆーんだ。ひっでぇな。」




からかうように笑ってやる。

きっと、こういう風にして欲しかったから、俺に話をふったんだろう。

真面目に相談するなら、もっといい相手がたくさんいる。


「ま、別に俺はそのくらいの身長もいいと思うけど?」


「は?」


きょとんとしている原に、にやりと笑って近付いていく。

さぞ、悪魔みたいな笑顔だろう。


「それくらいあると、丁度いいんだよな。」


「?」


不思議そうな顔の原に、思いっきり抱きついた。

腰に手を回して、身体を密着させる。

ちょうど、胸に顔を埋められる、身長差。

どうも胸は、身長ほど発育が良くないみたいだが、平均よりは確実に上だろう。

柔らかな感触が、頬にあたる。


「―――ッっあ、あかやぁぁぁぁあ!!!」


殴られる前に、胸から離れた。

顔を真っ赤にした原が、凄い勢いで近付いてくるので、慌てて逃げた。

追いかけてくる原。


「うわー!!りょーかちゃん、鬼みてぇー!!」


「赤也っ!!待ちなさいっ!!」


もうじき授業の始まるチャイムが鳴りそうなのに、廊下にまで出て追いかけっこ。

しかもお互い全速力。

3年のいる廊下まで逃げた所で、原の足音がしなくなった。

振り返ってみると、原が頭から突っ込むようにこけていた。

しっかりしているように見えて、物凄くこどもっぽい。

助けに行こうと近付くと、俺より先に近付いた男がいた。

俺よりはるかに背の高い、男。


「・・・大丈夫か。」


「さ、真田さん・・・。」




鼻をすりむいた顔のまま、副部長を見上げる原。

痛みのせいか、瞳が潤んでいた。


「派手に転んだな。凄い音がした。」


「え・・・あの、すみません。」


立ち上がることも忘れて、申し訳なさそうにする原に、妙に苛立った。

別に、謝る所じゃねぇだろう。


「怪我をしているな。血が出ている。」


原の白い足をみると、わずかだが血がにじんでいる。

こけた拍子にすりむいたんだろう。

真田副部長は、ためらいもなく原を抱き上げた。

俗に言う、オヒメサマ抱っことかいうやつだ。

顔を真っ赤にした原が、かちこちに固まっているのがわかる。

副部長、どんな顔でやってんだと思ったら、なんでもないような顔をしていて、少しムカついた。


「赤也。」


「なんっスか?」


「俺は原を保健室に連れていく。お前は教室にもどれ。チャイムがなるぞ。」


そう言い残して、保健室に向かっていった。

一人廊下に残されて、そういえば、さっき原の見ていた漫画で、女主人公は、男に抱き上げられていたっけ。

もしかして、うらやましかったのか?

なんだかよくわからん。

わからんが、とにかく面白くないなと思いながら、教室に帰った。

この後、保健室から帰ってきた原は、俺にされた事なんてすっかり忘れて舞い上がるんだろう。

物理的に、俺には不可能だろう?

だって、俺は副部長じゃねーんだし。

抱きつく事はできても、抱き上げることはできねぇんだよ。

けど、抱きつきたいと思うのも、抱き上げたいと思うのも、したいと思う基の気持ちは、一緒なんじゃねーの?

そこんとこ、わかってんのかね?




 終







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