跡杏 3
咽るように香水の匂い。
腕にぶら下がるように絡みつく女の整った長い爪。
着ているのは制服だというのに不釣合いな赤い唇からは
靴やバッグや旅行がどうのという耳を滑る話しがひっきりなしに続いている。
「つまらない?」
媚びるような目線に、跡部景吾は制止するように手を上げ、
「別に。」
と口元に無理矢理笑みを作った。
どこぞの有名パティシエが郊外に新しい店を作ったので学校帰りに連れて行って欲しい。
ご無沙汰だった女の一人に久し振りの電話でそう強請られてわざわざここまで来たのは、
その店の所在地を聞いたせいかも知れない。
確か、一ヶ月前までは高等部の先輩の彼女だった。
その先輩から紹介され、あっという間に跡部に鞍替えした女だ。
美人ではあるし、特に不満もないので気が向いた時は付き合っている。
跡部には、そういう女が数人いる。
当然恋人という訳ではなく、互いの都合で関係を持つ所謂セックスフレンドだ。
まあまあ満足な味のケーキを食べた後、彼女に少し歩こうと言われてその時は理由が分からなかったが、
道行く人々が低い感嘆の声を上げて自分達を振り返るのを見て跡部は心の中で苦笑した。
『すごい美形カップル』。
跡部を見せびらかす事で自分の価値を高めたいのだ。
女は、愚かだ。
「あら、可愛い。」
ふと、女が足を止め、絡めていた跡部の腕を引く。
女の目線を追って通りの向こうに見えた一組の男女に、跡部は僅かに目を見開いた。
自転車を引く学生服の男と、セーラー服の少女。
二人はしきりに笑い合い、悪戯っぽく目線を合わせては照れたように背ける。
跡部は二人を知っている。
男は桃城武。
女は、橘杏だ。
「初々しいわね。何か楽しそう。」
何も知らない女が跡部に同意を求める。
跡部は返事をせずに、なるべく不自然にならないように自分の腕から女の手を外した。
「時間だ。帰る。」
「あら、まだ…。」
女が自分の腕時計に目を落としたが、跡部は構わずに歩き出した。
跡部が車道へと向かうと計ったようなタイミングで黒塗りの高級外車が横付けされ、
中から寡黙そうな厳つい運転手が降り立ち後部座席のドアを開ける。
革張りのシートに乗り込んだ跡部は既に置いてきた女の事など頭になかった。
脳裏に焼きついたあの笑顔が、跡部の自尊心を打ち砕く。
――甘やかし過ぎたな。――
シートに身を深く埋めた跡部の美しい青い瞳が、凍てついた光を放つ。
跡部が氷の矢のような鋭さでとある町名を告げると車は静かに滑り出した。
橘杏は上機嫌だった。
土曜日の放課後、珍しく部活が休みだった桃城とファーストフードで軽く食事をして
ストリートテニス場で散々打ち合った。
夕方になり、ついでだから、と家の近くまで送ってくれた桃城と別れて
その後ろ姿を見送った杏は晴れ晴れとした表情で通り一本向こうの自宅を目指して歩き出した。
久し振りに心の底から笑って、頭が空っぽになる程テニスをした。
杏は、桃城のプレイスタイルが好きだ。
陽気で真っ直ぐで、遠慮はないが杏を女だからと見下さない。
夢中でボールを追い掛けて、むきになって口喧嘩して、仲直りして。
ここ最近身体の中に渦巻いていた気鬱を全て追い出した気分だ。
家への角を曲がろうとしたその時、背後から車が接近する音に杏は身体を路肩へ寄せた。
追い抜くだろうと思っていた車が杏の横に静かに停車する。
内側から車のドアが開いた途端、杏はぎくりと顔色を変えた。
「乗れ。」
傲慢な命令口調。
誰が!
そう返そうとしたがいつもとは違う跡部の有無を言わさない表情に、
杏は肩に抱えていたラケットバッグのストラップをぎゅっと掴んで立ち竦む。
「乗れ。」
もう一度そう言った跡部の声の凄みに、杏はのろのろと吸い寄せられるように車に乗り込んだ。
何時の間にか背後に廻っていた運転手が静かにドアを閉め、すぐさま車は走り出す。
「久し振りだなぁ、杏ちゃん。」
無数の棘を孕んだ跡部の口調に杏は押し黙った。
何だか、今までで感じた事のない危険信号が杏の脳裏で警告を発している。
乗らなければ良かった。
しかしあんな所で跡部と話しているのを兄にでも見られたら、嘘を付き通す事ができるか自信がない。
跡部を見る事ができずに杏は膝に両手を突っ張らせ、俯いている。
こんな時に、会いたくなかった。
きゅうっと身体が反応する。
跡部の掌の、指先の、唇の感触が、肌の上に鮮明に蘇る。
かなりゆとりのある後部シートで長い足を組み、
その杏の様子を無表情に眺めていた跡部が不意に手を伸ばした。
「!」
跡部の掌が、短い制服のスカートから覗く杏の太腿をつ、と撫でる。
杏は驚いて顔を上げ、手を押さえて跡部を睨みつけた。
が、跡部はいつものからかうような笑みさえ浮かべずにただ、深い海の底のような目で顎を軽くしゃくる。
これは、命令だ。
怖い。
本能がそう訴えている。
杏は跡部の手を押さえていた力を弛めるとまた、じっと俯いた。
跡部の掌が太腿から侵入を開始する。
内腿を辿った指先が下着に達した時、思わず杏の身体が跳ね上がった。
声を出したら運転手に気付かれてしまう。
上体を前に倒し、訴えるように首を振るが跡部は相変わらず無表情なまま、つい、と下着の中に指を侵入させた。
「…っ!」
何の遠慮もなく杏の花弁を押し開き、器用に肉芽を剥いて杏の一番敏感な部分をいたぶる。
跡部に会った時から反応している身体は杏の気持ちなどお構いなしに久し振りの刺激を愛液を迸らせて歓迎した。
くちゅくちゅと湿った音が静かなエンジン音に紛れて車内に漏れてくる。
やめて!
目で訴えるが跡部の冷たい表情は変わらない。
恐る恐るバックミラーを見るが、気付いていないのか運転手は無反応だ。
跡部の容赦のない責めに息が荒くなる。
逃げようと折っていた身体が快感に押されて開いてしまう。
「…はっ…。」
口内に溢れた唾液が殺しながら吐いた息に混ざって糸を引いて半ば捲られているスカートの上に落ちた。
声を上げられない事でより燃え上がる快感が放出されずに身体の中で燻る。
力の入らない杏の両脚の間からもう誤魔化しようのない程の淫靡な音が響く。
杏はただ赤面し、唇を噛んだ。
羞恥心と快感が点滅し、ぐるぐると混ざり合う。
どれ程時間が経ったのか、急に跡部の手が杏の元から離れた。
達しきれていない身体の芯が切なさを訴える。
そ知らぬ顔の跡部の向こうに見える窓の外は地下の駐車場のようだ。
車が停車し、寡黙な運転手が何事もなかったように扉を開けると杏に降りるように促す。
杏は恐る恐る車から降り、跡部もそれに続いた。
それと同時に車はゆっくりと走り去る。
跡部は駐車場の中にいくつかあるエレベーターの一つに向かい、
パネルにカードを差し込むと指紋照合の為に指を小さな鏡面に押し付けた。
重厚な自動ドアが音もなく開き、跡部は立ち尽くす杏へと振り返った。
「来い。」
行きたくない。
そう思っても口には出せない。
杏は跡部に続いてエレベーターに乗った。
すぐさま扉が閉まり、そこは鏡張りの密室になる。
途端に跡部の両腕が杏へ伸び、彼女の華奢な身体を後ろから捕まえた。
「やっ!」
僅かに抵抗するが、跡部は杏の身体を抱きかかえるとスカートを捲り上げて下着に手を差し入れる。
「止めて!」
もし、人が乗って来たら…。
そう考えて杏は蒼褪める。
必死で跡部の手から逃れようとするが、力尽くで押さえ込まれた。
下着を下ろされ、外気に晒された秘裂がひくひくと蠢く。
すでにとろとろに緩んだその場所を跡部の指が忙しなく行き来する。
「くぅっ…。」
堪えきれず食いしばった歯の隙間から杏は声を漏らした。
今日の跡部は、何かおかしい。
鏡越しに見える跡部の表情はあの絶えず浮かべている独特の笑みを忘れ去っているようだ。
青い、氷のように冷たい目。
「お願い…。跡部くん、止めて…。」
哀願する杏の熱い肉襞の中に跡部はいきなり指を突き入れた。
「ひゃっ…あ!!」
突然襲った衝撃に杏ははしたない声を上げる。
「何を、止めろって?」
ぐちゅぐちゅと音を立てて激しく指が抜き差しされる。
「やっ!い…やぁ!」
首を振る杏の片脚を、跡部がぐん、と持ち上げた。
「見ろよ。こんなにぐちょぐちょになってる。やらしい女だな。」
鏡の中に、上気し、だらしなく弛緩した自分の顔と、反対に醒めきった跡部の顔が映っている。
そしてその下で濡れ光っている自分の性器を見せ付けられ、杏は赤面すると顔を背けた。
跡部が濡れそぼった指を抜くと杏から溢れ出した愛液がぽたぽたと音を立てて磨かれた御影石の床に零れ落ちた。
跡部の指がそのまま剥き出しの花芯を弄くる。
杏はただ、真っ赤になって弱々しく頭を振る事しかできない。
「お願い…お願い・・・っ!」
チン!
軽い合図と共にエレベーターが止まり、杏は凍りついた。
人が、乗って来たら!
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