華村の誘惑?




その日は、青学テニス部にとって因縁の対決とも言える試合があった。

スポーツエリートが集う城成湘南中学テニス部との対戦である。

試合前からメディアを通じて、何かと両校の確執があったため、顧問の竜崎スミレ以下、

青学勢は非常に燃えていたのである。




竜崎スミレの孫、桜乃もこの日、いつものように親友の朋香と二人で応援に駆けつけた。

いや、いつもと同じではない。今日は朋香の提案で、おそろいのチアガール姿である。


「やっぱり応援するなら、これでしょ!」


と力説する朋香に、気の弱い桜乃が逆らえるはずもなく、

恥ずかしさをこらえつつタンクトップにミニスカート、そして両手にポンポンを持ってコートへ挑んだのだ。

憧れの越前リョーマからは


「ま、がんばって・・・」


と素っ気無く目をそらされて(リョーマ自身は大いに照れていたのだが)、少し凹みはしたものの、試合が始まってし
まえば恥ずかしさも吹き飛んだ。




試合の方は熱戦好戦が続いて、応援しているだけで汗をかき、喉がかさついた。


「朋ちゃん、わたしジュース買ってくるよ」


桜乃は隣りで自分以上に声を張り上げていた朋香に、そう声をかけた。


「ん、あたしが行くよ。桜乃一人じゃ、迷って次の試合に間に合わないかもだし」


「大丈夫だよ、すぐそこだもん。朋ちゃん、なに飲む?」


「じゃあドクターペッパー」


「ド・・・わ、わかった。それじゃ行ってくるね」


自販機の場所は、朋香が心配するほど遠くではなかったので、これなら大丈夫!と桜乃は自信を持ってジュースを
購入した。

取り出し口から缶を取ろうと少しかがんだ時、


「あら、あなた・・・」


不意に背後から声をかけられた。


「えっ?」


慌てて振り返ると、そこには見慣れない女性が一人立っていた。




・・・あ、城西湘南のコーチの人だ・・・・

たしか青学の部員達も、美人だ美人だと騒いでいたから、間違いない。

間近で見ると、なるほど綺麗な女性である。

理知的な目元と、色っぽい口元のバランスが絶妙で、身体もまろやかな女性的ラインを見事に描いている。

こちらを優しげに見つめているその微笑は、桜乃が見てもドギマギするほど魅力的だ。


「青学のチアガールさんね」


「は、はい!そうです」


思わず直立不動で返事をしたが、相手がこちらに近づいてきたので、さらに身体がこわばった。

と、甘い百合の芳香が鼻腔を刺激し、桜乃は思わず彼女の顔を見た。

いい匂いの香水を使っているんだな・・・

あまり黙ったまま顔を見るのも良くないと思い、慌てて言葉を紡ぐ事にする。


「えーと・・・城西湘南のコーチさんですよね?」


「そうよ、華村葵です。よろしくね」

ニッコリと微笑まれ、


「わ、わたし、青学1年の竜崎桜乃です」


桜乃も釣られて笑顔を返す。が、ふとここで先ほどの自分の発言に後悔の念を抱く。

チアガールと言われ返事をしたが、よくよく考えてみれば、自分だって立派な女子テニス部員なのだ。

・・・例え練習量と実力が伴っていなくても。

そんな気持ちを知ってか知らずか、華村が桜乃の姿をしげしげと眺めつつ、


「竜崎・・・そう、竜崎先生とはご親戚か何か?」


気さくな感じで声をかけた。


「竜崎スミレは、わたしの祖母です」


「なるほど・・・あなた、テニスの経験は?」


「はい、一応やっています・・・まだ、全然だけど」


「大丈夫、これから伸びるわ・・・いい筋肉のつき方しているし・・・」


何気なく華村は桜乃の二の腕に触れた。

確かに毎日のように素振りを重ねている桜乃の腕は、朋香よりは引き締まった筋肉がついている。

年頃の乙女としては、実はこっそり気にしていたのだが、褒められて悪い気はしない。

その間にも、華村の手は止まらなかった。


「上腕二等筋、上腕三等筋、三角筋、刺下筋・・・」


華村のしなやかな指先が、腕だけでなく鎖骨や胸元へためらうことなく走る。




「あ、あの・・・」


抵抗すべきか、しかし目上の人に反発していいものか迷っていた桜乃だったが、


「きゃっ」


タンクトップごしに胸をつかまれ、飛び上がらんばかりに驚く。


「うふふ・・・可愛いわね」


桜乃の反応が面白くてたまらないという風に、華村が艶っぽく笑って見せた。


「竜崎さん、あなた城西湘南に来ない?」


「えっ?」


「私なら、きっとあなたを一流のプレイヤーに作り上げることができるわ。そう、最高の作品にね」


「作品・・・」


急なスカウトに、一瞬頭が真っ白になったが、ふと、華村の手がまだ自分の胸に残っているのに気付き、慌てて一歩
身を引いて逃れる。


「わ、わたし、そんなの無理です!」


「どうして?あなたが一流になれば、越前くんも驚くわよ・・・惚れ直すかも?」


「ほっ・・・ほれ・・・ホレ!?」


唐突な言葉にリョーマの顔が思い出され、ボッと火がついたように顔が赤くなる。

身体中が緊張と動揺で熱くなっている。両手に持ったジュースの缶だけがヒヤリと冷たく、桜乃の手の平に汗をにじ
ませていた。

華村は腰を折り曲げて、桜乃の耳元へ口を寄せた。


「城西湘南へ編入を考えるためにも、ちょっと身体検査をしましょうか・・・?」


「しんた・・・ひゃっ」


口紅が綺麗に塗られた華村のセクシーな唇から、赤い舌がのぞいて桜乃の耳たぶをねぶった。


「さ、こっちへいらっしゃい・・・」


やんわりと手を取られ、人目につかない草むらへ連れ込まれる。

木の幹に背中を押し付けられながらしゃがみこんだ時、自分が今どういう状況になっているのか、すっかり解らなくな
ってしまった。

ただ、桜乃の脳内ではしきりに「危険!」という赤い警告灯がグルグル回っている。







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