千桜



青学ってさぁ、かなりいいよぉ。

…え?あ、うん、女の子の話だよ。

カワイー女子が多いんだよね。

ナマイキーな男子もいるんだけどさ…この俺の顔面にボールぶつけたあいつとか。

まぁ、そのおかげで幸運の女神が、俺にとびっきりのプレゼントをくれたんだけど。




そもそもの始まりは、俺が青学にナンパ・・・いや、ちょっと偵察にやってきたことで。

俺、ルーキーの越前くんに、ボールをぶつけられて昏倒しちゃったんだよね。

これだけ言うと、全然ラッキーじゃないんだけどさ、まぁ、本題はここからだよ。

気がつけば、俺はなぜか寝かされていて、さらには顔面に冷たいものを感じ・・・

手で触ってみると、それは冷やされたハンカチらしき物体。

それをよけて視界を確認してみれば、周りは白で統一された無機質な風景と…


「あの…大丈夫ですか?」


不安げにこちらを見つめる女の子が一人。


「・・・・あれぇ?」


「あっ、まだ動かない方がいいですよ」


起き上がろうとした俺を、女の子は慌てて止める。


「ここは…どこ?わたしはだれ?なんつって」


「保健室です。青学の」


確かに。言われてみれば、今俺が寝かされているのは、いかにもなパイプベッド。

周りには白いカーテン。消毒液のにおい。

保健室なんて、どこの学校も変わらないもんなんだよなぁ・・・。


「えっと、それで、あなたは山吹中の千石さん・・・だと思うんですけど、ですよね?」


律儀に答えてくれた女の子に、俺はプッと吹き出してしまった。


「そうですよん。千石清純。ラッキー千石。よろしくね」


あ、この子、さっき越前くんと一緒にいたテニスウェアの女の子か。

今はもう制服を着ているけど。

改めて女の子を観察。けっこうカワイイじゃん。

こちらを見ている丸くて大きな瞳には、今は俺のアホヅラしか映っていない。

長い長い三つ編みは、彼女が頭を動かすたびに、ゆらゆらと揺れる。

細い身体。不安げな表情。思わずいじめたくなるような・・・




「い、いやぁ・・・それにしてもかっこ悪いトコ見られちゃったなぁ」


不意に芽生えたイケナイ気持ちを振り払うため、俺はゆっくりと上体を起こしてみた。

うん、悪くない。多少顔面はヒリヒリするけど、その他はいたって正常です。


「えーと、きみは?」


「はい、青学1年の竜崎です」


「りゅうざき、なにちゃん?」


「桜乃っていいます」


「ふーん、桜乃ちゃんかぁ。ときめくお名前です・・・ってね」


俺の言葉に、桜乃ちゃんは「えっ、そんな・・・・」と顔を真っ赤にさせた。

あはは、照れ屋だね。


「わざわざ他校の俺を介抱してくれて、ありがとう」


「とんでもない!元はといえば謝らなきゃいけないのは、こっちの方ですから!」


桜乃ちゃんは両手をバタバタと左右に振った。


「リョーマくんがボールぶつけちゃって、ごめんなさい。
 
 本人、図書委員の仕事が あるんで、今いないんですけど、わたしが代わりに謝ります。
 
 本当にごめんなさい!」

 
一生懸命に頭を下げる桜乃ちゃんを制止し、俺は笑顔を返してみせた。


「別に君が悪いわけじゃないのに。越前くんの代わりってことは、君、カノジョなの?」


「かっ、カノジョだなんて、そんな!とととと友達です!」


わーお、赤い赤い。必死に否定する様子も、まるで小動物のようで可愛い。


「えー、じゃあなんで?」


「だ、だから、あの場にいた人間として・・・その・・」


何事にも真っ直ぐで、律儀で一生懸命。ウチの檀くんにちょっと似てるかも。


「あ、まだちょっと赤くなってますね・・・」


桜乃ちゃんは俺の顔の腫れを見て、話題をすり替えた。


「痛みますか?」


「ちょっとね。でもたいしたことないよ」


「そうですか・・・本当にごめんなさい・・・・

 あの、いま保健の先生も会議でいないので、 応急処置もろくにできなくて・・・・ごめんなさい」


どうして他人の不祥事に、そこまで意気消沈できるのか。

なんかいじめたくなるよなぁ、この子・・・・




「桜乃ちゃんが代わりにお詫びしてくれるんだよね?」


「えっ?は、はい」


「じゃあさ」


俺はちょっとしたイタズラ心で言った。


「身体で払ってもらおうかな」


「・・・・・・・え・・・・ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇえええええっっ!?」


テレビ番組のサクラに採用されそうなくらい、桜乃ちゃんの驚き方はド派手だった。

顔はすっかりゆでダコ。

すっかり面白くなった俺は、大げさに嘆きのポーズをとって見せた。


「そうかぁ、駄目かぁ・・・いいんだいいんだ。どーせ俺なんてヘタレなやられ役なんだ。
 
 ラッキーなんて嘘っぱちで、痛い思いしかしない、ミジメな男さ・・・おーいおいおい」


我ながらわざとらしい嘘泣きだったが、桜乃ちゃんは大いに慌てた。


「や、え、あの、ええとですね、なんというか、その、お詫びですよね、はい、

 うーんと、でも、か、から・・・から・・・・・」


桜乃ちゃん、オーバーヒート寸前だ。


「桜乃ちゃん、落ち着いて」


俺は彼女の手をとり、片手で軽く握って、あやすように緩く振ってみた。


「だ、大丈夫です。落ち着いてます。落ち着いてますとも。でも、から、からだで

 払うっていうのは・・・そ、その・・・・・そ、そういうのって、良くないと思うんです。

 す、好きな人と、ちゃんと・・・」


言葉とは裏腹にまだ混乱中のようで、桜乃ちゃんの視線は空中をさまよっている。


「俺は桜乃ちゃんのこと、好きだけど?」


「えええええっ!?」


なんだか今日は驚かせてばっかりだな・・・・。


「だ、だって、今日会ったばっかりじゃないですか!

 お、お互いのこと、ぜぜぜ全然知らないし・・・」


「一目惚れってやつ?俺はもう、瞬間で好きになっちゃったね、桜乃ちゃんのこと」


「そそそそそ・・・そんなァ・・・・」




「俺のこと、嫌い?」


ちょっと切なそうな声音を出し、上目遣いで桜乃ちゃんを見上げてみる。

母性本能の強いオネーサンなら一発コロリな、俺のとっておきのおねだりスタイル。


「き、嫌いじゃないです!!」


慌てて首を横に振って否定してくれる彼女に、ニッコリと笑い返し、


「じゃあさぁ、欲しいなぁ・・・桜乃ちゃんが・・・」


そして先ほどから握ってままの彼女の手に、唇を押し付ければ、チェックメイト。

桜乃ちゃんはもうドキドキフラフラ前後不覚状態。

蜘蛛が獲物を絡め取るように、俺は桜乃ちゃんの腰に腕を回した。


つづく


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