赤也×巴
少しうなされている風でもある彼女の頬に、切原はそっと触れた。
熱い。
しっとりと汗ばむ肌は、切原の手に心地良く吸い付いてくる。
あ、と思った。
ヤバイ、これ以上は。
けれども追い討ちをかけるように、
「ん…うぅ」
巴の悩ましげな寝言は限界状態の切原を誘ってくる。
はぁ、っと熱い吐息を漏らし、切原はさらに巴に近付いた。
自分の行動が分からなかった。
頭ではさっさと離れて部屋を出て行くべき、と分かっているのに、体はまったく逆の動きをとる。
また上手い具合に半裸になっている自分が恨めしかった。
マジ、やばいでしょ、これは。
それもこれも、元凶は目の前ですかーと寝入っている少女にあるように思えてくる。
今の切原の理性は無いに等しいほど擦り切れてぼろぼろだった。
「赤月…おい、起きろって」
だが、ギリギリ、切原は現実を見つめ直せるほどの自我を保っていた。
それは、あまりに悩ましげにうめく巴が心配になったからだ。
脂汗すら浮かんでいる彼女の表情は苦しそうだ。
「赤月、おいこらっ」
「ん…?」
なるべく優しく肩を揺さぶってやると、巴はふっと眉ねをに寄せていた皺を和らげ、そっと目を開いた。
「あ…れ。切原さん?なんで…」
寝ぼけ眼の巴はどうやら状況が把握できていないようだ。
「汗掻いたまま着替えもしないで寝てると、風邪ひくぜ。お前もはやく風呂入ってこいよ」
肩を軽く叩いてやってすかさずそっぽを向く。
叩かれた反動で巴は起き上がり、ぼーっと部屋を見回した。
「あれ、私…さっきシャワー浴びましたよ」
思わず切原は振り向いた。
「はあ?いつだよ」
「だから…さっきです…。だって…切原さんが、連れてってくれたじゃないですか。歩けないだろうからって…」
ますますワケが分からない。切原にはまったく身に覚えのないことだ。
なにせ、彼女の部屋に通されてから今まで、部屋の外へ一歩も出ていないのだ。
「お前なあ、寝ぼけてるんだよ、それ。お前は寝てたの、今まで。わかる?」
だがそれでも巴の意識は夢うつつだった。
ふるふると首を振って、
「え…でも…だって、さっきまで切原さん、あんなに強く… 私を…抱いて…」
切原の目は点になった。
「へ?」
「え…?」
気まずい沈黙が二人を覆った。
二人は、互いに互いの顔を見合って、一言もしゃべらず、動かなかった。
最初に反応を示したのは、巴だった。
え?あれ?なんで切原さんてばあんなに驚いてるんだろう…。
私、なんか変なこと、言ったっけ?
あれ…そういえば私、なんで自分の部屋にいるの?
さっきまで切原さんの部屋で…。
夢のような一時を思い出してぽっと頬を赤くさせた巴だったが、一瞬後にはざっと青くなった。
ちょっと待って。
ここ私の部屋じゃない!?
てことは、もしかして…!!?
「あの…切原さん?」
「…あ、ああ、なに?」
ぎこちない切原の反応に確信を強めつつも、巴は恐る恐る尋ねた。
「もしかして私…今まで寝てました?」
巴としては是非とも首を横に振って欲しいところであった。
しかし悲しいかな、切原はゆっくりと、しかし確実にこくっと頷く。
「爆睡だったな」
その言葉に、巴は可哀想なぐらいうろたえ出した。
「そ、それじゃ、私、私さっき、なにやら変なことを…変なことを……くち、くち、口走って、しまいましたかっ!?」
「ああ、思いっきり」
「い、いやぁーーー!」
聞きたくないとばかりに巴は頭を抱え込んでうずくまった。
切原はそんな巴を余所に、段々と冷静に状況を飲み込んできていた。
ようするに、だ。
赤月は、さっきなんの夢見てたかっつーと…
俺とヤッてるとこ?
思い至り、切原は口の端を上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
幸運の女神様は、どうやら俺に気があるらしいわ。
「忘れて下さいっ、どうか忘れて下さいぃ!!私、おかしかったんです!
だってまさか、誰もいないときに男の子呼ぶことになるなんて思わなくって、
切原さんがそんな人じゃないこと分かってても それでもなんか意識しまくっちゃって…だからっ」
巴はベッドに顔を伏せて叫んだ。
穴があったら入りたかったが、ないので顔だけでも隠したかった。
不覚にも涙までこぼれ出てきて、とてもではないが切原と顔をあわせられない。
(もう、ダメだ…こんなんじゃ、切原さんのパートナーなんてつとまるわけない。
こんな変なこと考えてるパートナーなんて聞いたこと無い)
きっと今後、顔を会わせる度に気まずくなるに決まっている。
そう思うと、絶望的な気分になるのを止められなかった。
「ごめんなさい。せっかく練習さそってもらったのに、こんな…」
しかし最後まで言うことはかなわなかった。
言い終える前に、切原の手がそっと頭を撫でたからだった。
「ばーか。変なこと気にしてんなよ」
あまりに軽い慰めに、巴は拍子抜けした。
「顔あげろよ。お前なんか勘違いしてない?」
「え?」
その言葉に操られるようにふっと顔を上げると、途端に切原の顔が間近に迫ってきた。
「切…」
名前を呼ぼうとしたが、腕を掴まれたと同時に体を引き寄せられ、
え、と聞き返す間もなく、顎を掴まれ、視界を遮られる。
巴の目にはかつて見たことないほど至近距離の切原の顔が映っていた。
反射的に目を閉じた。
すると、嵐のような激しさで切原が唇に触れた。
甘さも何もない、むしろ傷つけるように重ねられる口付けだった。
身体が硬直して言うことを聞かず、巴はされるがままだった。
切原が顎を掴んでいた手を下に下ろしていく。
首筋をもったいぶった手つきで撫でられ震えた。
腕を掴んでいる手にも上下にゆっくりと撫でられる。
首筋を撫でる手はそのまま鎖骨を通って下方へと移行し、やがて膨らみに近付く。
巴の意識は、そこにきて初めてはっきりした。
「んぅ……っ」
今だ続く息も吐けない激しいキスを、顔だけで振りほどこうとする。
しかし、腕を掴んでいた手が後頭部へ回り、逃げることが出来なくなる。
それならばと今度は手を動かしてみるが、思ったよりもショックが強かったのか
くにゃくにゃと力が入らず役には立たなかった。
体重をかけられてベッドに押し倒されると、いよいよ逃げ場はなくなった。
煽るように唇を舌でなぞられて、戦慄が走った。
背中がぞくりとして毛が逆立つ。
そうして、とうとう胸に手が行くと、もう限界だった。
「んぁ…!」
悲鳴をあげようと口を開けた瞬間、するりと舌が口内に侵入してきた。
歯列をなぞられ、裏顎を撫でられた。
ナリフリ構わず抵抗してみようかとちらっと思ったが、意識が朦朧としてきてそんな元気はなかった。
息が苦しい。
すがるように切原の胸に手を伸ばすと、片手で一まとめにされ頭上で縫いとめられる。
巴は恐怖を感じた。
ゆっくりと目を開くと、じっとこちらを見つめる瞳があった。
「ふ…んっきり…は…」
なんとか隙を見つけて、その瞳に問いたかった。
どうして、と。
けれども切原は執拗に巴の唇を求め続け、離してくれる気配はなかった。
荒い呼吸音と衣擦れの音だけが部屋に響く。
その間、切原の片手は、いとおしむようにやんわりと巴の胸辺りをさすっている。
その恥ずかしさと呼吸困難とで、巴はとうとう限界にきた。
「……っつ!」
切原が顔を離す。
無我夢中の巴は、思わず切原の口に歯を立てたのだ。
しかし巴を縫いとめている手はそのままだった。
「はあ!…っはあ、はぁ、はぁ…」
巴は思い切り空気を肺に送り込んだ。
心の中は、どうしてとか嘘でしょとか、色んな思いが渦巻いていたが、
どれも口に出すことはできなかった。
「…いってーな。ったく、乱暴な女」
しばらく息も絶え絶えの様子の巴を眺めていた切原が、ようやく口を開いた。
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