伝導ミルキイ(不二×桜乃)
好き、なんだと思う。
いっつも越前だけ見てる「あの子」のことが。
「不二先輩!」
「ああ、桜乃ちゃん」
部活に行く途中、ばったり会っちゃった。
きっと、今日も越前の応援に行くんだろう。
「その髪飾り、かわいいね。似合ってるよ」
「あっ・・・ありがとうございます!」
前髪を止めている、小さいピンクのハートのついたヘアピン。
そのヘアピンも・・・越前に対して、自分を良く見せるためのものなんだろうな。
ここまで考えて嫌になった。
なんで嫉妬しているんだ?こんなにも越前に。
「あの・・・不二先輩?」
「・・・あ、ごめんごめん。僕、もう行くよ。遅刻したら手塚に怒鳴られちゃう」
「ふふ・・・分かりました。じゃ、また後で見学に行きますね」
「うん・・・また後で」
僕は足早に部室に向かった。
(好きだ。)
あの、みつあみの似合う女の子のことが。
「不二ぃ〜」
「ん?あっああ、英二・・・」
「最近しょっちゅうぼーっとしてんじゃんか。・・・ボタンかけ違えてるし。ぷぷ」
「あっうん、全然平気だよ。ちょっと考え事してただけ」
「そっかぁ。じゃ、先に行ってるよん」
「うん。僕もすぐ行くから」
どうして、こんなにも気が散るのか。
こんなにも本気で、彼女のことが好きなのだろうか・・・
その日、僕は練習中もミスを連発し、早めに帰ることになった。
通学カバンとスポーツバッグがやけに重く感じる
今日は早く風呂にでも入って寝よう。
そう思いながら、校門を出ようとすると
「不二せんぱい!」
「!桜乃ちゃん・・・」
「なんか、最近元気ないですね・・・」
「いや、そんなことないよ。」
「そう・・・ですか?」
「うん。心配してくれてありがとう。」
これ以上は回りに心配をかける訳にはいかない。
いつもの僕に戻らないと・・・
「あの、私でよければ相談とか・・・乗りますから」
「・・・本当にいいの?」
「もちろんです!」
屈託の無い笑みを放つ桜乃ちゃん。
(思いを、つたえようかな)
「じゃあ・・・明日の放課後、学校裏の図書館に来てくれないかな?」
「分かりました。明日の放課後、ですね!」
「うん。待ってるから。」
初めてだった。
彼女と、二人でプライベートで会うのは。
明日は必ず伝えよう。
-結果はどうなれ、今のままの僕じゃ居られないんだ。
次の日、僕は手塚に部活を休むと言った。
手塚は一瞬ますます仏頂面になったけど、「気分転換したいんだ」と言うと、すぐに「分かった」と答えてくれた。
そんなにも最近の僕は行き詰って見えていたのだろうか。
情けないな、そう感じながらも (それも今日で終わりだ)と思った。
すぐに一日の授業は終わる。
HRなんか耳に入らない、英二の会話も届かない
僕は図書館と、彼女のことで頭がいっぱいだった。
HRが終わるなり、通学カバンを持って走る。
(あっ・・・マフラー、教室に忘れてきちゃった)
季節は12月。
息も白くなる時期だ。
でも、取りに行く時間がもったいないので、僕はかまわず学校裏の図書館に向かった。
「・・・嘘だろ」
図書館の大きな木製ドアには、【本日はおやすみです。急な休館で申し訳ございません】と張り紙が貼ってある。
(困ったな。こんな時に限って・・・)
僕は桜乃ちゃんのメールアドレスも何も知らない。
もう一度、学校に戻る手もあるけど すれ違いになったらもっと困る。
入り口はないのか・・・ぐるりと図書館を一周することにしよう。
すると、洋書が並んだ本棚の前の、大きな窓の鍵が閉まっていないことに気付いた。
館長はよぼよぼのお爺さんだ。
きっと奥の窓を閉め忘れたのかな
僕は窓を開け、軽々と図書館に入った。
-当然、誰も居ない。
自然とため息が出る・・・
桜乃ちゃんは、まさかこの入り口に気付くわけない。
重い腰を床に落とし、深いため息をもう一度ついた。
「不二・・・先輩?」
「桜乃…ちゃん?」
「えへへ…窓開いてたから入っちゃったんです。でも、まさか不二先輩まで来るとは思わなかったですけど」
「そうか…すれ違いにならなくて良かった…」
それから僕らは、しばらく話し合った。
他愛もない話だよ。
学校のこと、テニスのこと。
…越前のこと。
「それでね、リョーマ君ってすごいなって…」
「桜乃ちゃん」
「はい?」
「越前のこと…好きなの?」
「えっ…?ち、違います!リョーマ君とはただの」
「隠さなくていいよ」
とっくに、知っていたから。
周りの皆も知っているんだ。
桜乃ちゃんが越前を好きなこと、
そして…
僕が、桜乃ちゃんを好きなことも。
「僕は、桜乃ちゃんが好きなんだ」
答えなんかいらない。
だから
今日だけは一緒に居て、僕と過ごして。
気付けば僕は、桜乃ちゃんを抱き締めていた。
僕のコートの胸元に、彼女の小さな顔が押しつける状態になっている。
「ふ…不二先輩…?」
「好きだよ、桜乃ちゃん」
怯えてるのかな…彼女の表情は読み取れないけど、
僕はおかまいなしに桜乃ちゃんの唇をそっと舐めた。
あまい…リップクリームの香が鼻をつく。
「不二先輩…っ?はなし…て…っ」
「お願い。今日だけは一緒に…」
(君が越前を好きな気持ちと、僕が君を思う気持ちは一緒なんだ)
(だから、分かって)
そう言いたかったけど、僕は何も言わずに彼女の唇を貪る。
甘い快感が体に、ブルーベリーのような酸味が心に染みてゆく。
「ん・・・っふぅあっ・・・!」
唇を離すと、桜乃ちゃんはずぅっと長い間息をしていなかったように、館内の空気を吸った。
僕はうつろな目で彼女を眺める。
その視線を目の前で受け止め、桜乃ちゃんは不思議な表情で僕を見た。
何も、言おうとはしない。
抵抗しても無駄だと思っているのか、それとも・・・
僕も、何も言えずにいた。
何か話すと逃げてしまいそうで。
そんな無機質な彼女の瞳を見ていると・・・
僕は愚かにも、欲情してしまった。
|