切杏



「黙れ。」


「黙んない!アンタなんかと絶対イヤ!」


「うるせえな!!」


切原はテーブルに向かって突き飛ばすように杏の身体を一度開放すると、

よろけた杏を捕まえ自分と向かい合わせた。


「……何よ!」


今度は真正面に対峙した。

これならば、先刻よりは顔が見られる分マシだ。

そう思って杏は力を篭めて切原を睨みつけた。

が、切原は動じていない。

動じていない所か、彼女を見下ろすその目は杏以上に鋭い。


「アンタなんか、怖くないわ!」


それは、嘘だ。

何をされるか分からない恐怖を押し隠して杏は精一杯強がって見せた。

ビビった方が負ける。

以前兄がケンカの極意をそう言っていた。


ダン!


切原の両手が大音量を出してテーブルを叩いた。

杏は思わず身体を固くしたが、何とか切原から目を反らさずに踏ん張った。

杏の身体は、テーブルと切原の身体に挟まれて身動きが取れない。

動揺も、怖さも、吐き出されそうに高鳴る心臓も無理矢理飲み下し杏は切原に更に食ってかかった。


「どいてよ!部屋に戻るから。」


切原は動かない。

じっと杏を見下ろしている。

沈黙が恐ろしい。

泣き出しそうだ。

でも、絶対こんな男の前で泣くものか。

杏は必死に堪えると身体を肩からドン、と切原にぶつけた。


「どいて!」


「黙れ。」


「どいてよ!」


切原は押し退けようと突っ張った杏の両腕を掴むと、テーブルの上に叩きつけるように押さえ込んだ。

ぐん、と切原の顔を目の前に迫る。


――負けるもんか。――


必死に睨みつけようとするが、目を反らさないのがやっとだ。

切原は、杏の怯えを分かっている……。

そう、考えた途端、杏の身体がわなわなと震え出す。

怖い。

どうようもない程、怖い。

それでも、杏は奥歯を噛締めて必死に切原を睨み続ける。

目を反らしたら食い殺されてしまうような崖縁の恐怖が、杏をどうにかその場に立たせていた。






その時。

ガタン!と大きな物音がして二人は同時にそちらへと目をやった。


「ご、ごめんなさい!」


高い声と共にバタバタと二人の足音が逃げていく。

暗がりでよくは見えなかったが多分一年生の女子マネージャーの二人だ。

杏が戻って来ないのを心配して探しに来たのだろう。

見られた事で僅かに正気を取り戻した切原の隙を杏は見逃さなかった。

一気に押さえられていた両手を振り解くと、


――待って!――


大声で呼び止めようとしたが、今度は、声が出せなかった。

唇を、塞がれている。

切原の、唇で。

思考が停止する。一秒。二秒……。

状況が分かった途端に背筋がぞっと総毛立つ。

杏は思い切り両手で切原の身体を突き飛ばした。

ほんの僅かだが、切原との間に空間が出来る。


「さ、最低……!」


自分の指に噛み付くように、杏は唇を拭った。

初めてなのに、どうしてこんな……。

本当に、泣き出しそうだ。

いや、絶対に、泣かない!

もう誰かに見つかったとしても、構うものか。

思いつくだけの罵詈雑言を吐いてやろうと口を開きかけた杏に、切原がにっと笑いかける。


「お前が、何したって俺には適わねェよ。」


その笑いの毒々しさと、奇妙な程の屈託のなさに、杏は思わず息を飲んだ。


「俺は、お前の兄貴に勝った男だぜ。」


勝ち誇ったような言葉は、それ程に深い意味は持っていないのかも知れない。

しかし、杏の緊張の糸はぷつりと切れてしまった。

怒りと恐怖で戦慄いていた体がテーブルに崩れるように寄りかかり、

必死に切原を睨みつけていた視線はがくりと下へ落ちていく。


「な、によ。」


コイツは、兄を負かせた男だ。

だから、適う筈がない。

杏の落胆振りに切原の苛立ちもようやく収まった。






が、据え膳は食う。

絶対に食う。

切原は杏をテーブルに座らせるとTシャツの裾から、今度はゆっくり手を差し入れる。

杏は一つ小さく身震いしたが、今度は抵抗もせずに大人しく切原の愛撫を受け入れた。

するするとシャツが捲り上げられ、ずり落ちかけたブラジャーの奥の杏の白い乳房が夜気に晒されて微かに震える。

切原はふうん、頷くと、それと分かるようにじっくり意地悪く鑑賞した。

身体が華奢な割りに大きさはまずまず。

形は申し分なし。


「……ふ。」


恥ずかしさに杏が小さく息を漏らし、そろそろと腕を上げて胸を隠そうとするが、

切原は一気に顔を近付け、ぺろりとその先端を舐め上げた。


「ひゃ……!」


驚いて身を引く杏をテーブルに押し倒し、切原はその上から覆い被さった。


「今更抵抗しなさんな。もう手遅れだよ。」


杏は息苦しそうに喉を上下させると何とか体の力を抜いて切原から顔を背けた。


「ははは、鳥肌立ってる。」


ぺたりと杏の腹部に手を当て、切原は擦るように上下させる。

口振りとその手の温かさがアンバランスだ。

やがて掌が上へと動き、指先が柔らかな曲線の頂に小さく咲いている薄桃色の蕾を摘むように愛撫し始めた。


「んんっ。」


自分で触れてみた事がない訳ではない。

九州にいた頃荒れていた兄のせいで、杏は割と早熟だ。

家族には優しいが、兄の部屋にはよく不特定多数の女の子達がやって来ていた。

そういう現場を、覗き見てしまった事もあった。

そういう事が『気持ちいい』と経験した周りの友達からも聞いてはいる。


――でも、全然違う……。――


つい、と舌を差し出して、切原は杏の乳房を丹念に舐め上げる。

その舌が通った皮膚の下から血液が沸騰していく。

ぞくぞくと、内側を何かが這いずっている……。

自分で触ってみた時は、こんな感じにはならなかった。


「く、……う。」


杏は我慢しきれずに声が漏れ出す。

それを合図に、切原が杏のジャージを一気に引き下げた。


「や!」


慌てて身体を起こそうとするが、圧し掛かる切原が邪魔でままならない。






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