観月×巴 そのF



「これはね、好きな人にキスしないと気がすまなくなる薬なの。」


ある朝、教室に行くと、同級生の女子生徒が早川楓に唐突に説明し始めた。

しらっとした視線を向けながらも、一応話を促す。


「・・・それで?」


「これを好きな相手に飲ませると、相手の好きな人がわかる!・・・かもしれない。」


「馬鹿馬鹿しい。」


早川は軽蔑の眼差しを女生徒に向けて、自分の席へ座った。

しつこくも追ってきた女生徒は不満そうに頬を膨らませた。


「興味ない?」


「ないわよ。大体、そんな薬で好きな人がわかったとして、自分じゃなかったら普通に知るよりショックじゃない。

 キスしに行くんでしょう?」


「そりゃまぁ、そうだけど。でも自分のことが好きなら自分にキスしにきてくれるじゃない。」


「それだけ自分に自信がある人は、薬になんて頼ったりしないでしょうね。」


冷静に言われて、女生徒はあきれたようにふてくされた。


「もう。楓さんには好きな人はいないの?」


「いない。いたとしても、薬になんか頼らないわよ。・・・そもそも、そんな妖しい薬、どこから手に入れたのよ。」


「ネットで。でも自分じゃ使いたくなくて。そもそも、本当に効くのかしら?」


「だから他人で試そうって?友達いなくなるわよ。」


溜息を吐く早川。

その時教室の扉が、がらがらと大きな音と共に開いた。






「おっはよー!あ、楓ちゃん、先に行くなら行くって言ってくれればいいのにー!」


騒々しく入ってきたのは、他クラスで早川の寮での同室、赤月 巴だった。

どうも先に登校した早川を探しにわざわざこのクラスまで来たらしい。


「何?どうしたの。」


「うん、今日のクラブのことで。」


ふと早川は巴の顔を見た。

注意深く見ないと判らないが、毎日見ている顔。

大きな黒い目が、わずかだが潤んでいる。

血色の良い顔色が、いつもよりほんのり赤い。

一番気になったのが、声。

いつもの少女特有の甲高い声より、少し低くかすれている。


「風邪?」


「あ、うん。ちょっと喉やられたみたい。せきとかたまにでたりするの。」


「気をつけなさいよ。また観月さんに怒られても知らないから。」


彼女の付き合っている男は、非常に過保護でおせっかいだ。

彼女の無茶や失敗を叱るのも全て彼の仕事。

・・・と早川は思ってはいるが、実際は早川だって巴のおせっかいを焼いたり叱ったり、彼女と関わると忙しい。

ある少女に関する事以外、早川は冷静だが、巴についてはよく構っている。


「それで?クラブのことで話って。」


「あ、うん。今日はレギュラーは男子と一緒に練習って、観月さんが言ってたから。」


「そう。わかったわ。」


それだけ話すと、予鈴のチャイムが鳴ってしまったので、巴は自分の教室へと慌てて帰っていった。

その途中で例の女生徒が巴を呼び止めて何かを手渡したのだが、それには早川は気付かなかった。








昼休みも終わろうとしている時刻。

観月はじめは校舎を移動中だった。

行き先は更衣室。

体育は嫌いではないが、昼休みを使って次の授業の準備をするのは面倒だ、と観月は思っている。

理由は勿論、彼女と会えないから。

貴重な逢瀬のひと時を邪魔されているのだ。

むしろ腹立たしくもある。

ふと視線を上げると、偶然にも観月のかわいい恋人、赤月 巴を見かけた。

怜悧な顔に、薄っすらと笑みが広がる。


「巴くん。」


呼びかけると、大きな瞳をこちらに向けて走り寄ってくる。

まるで主人を慕う犬のようだと、いつも思う。

いつもと同じように豪快に走りよってきて、笑顔を向ける―――と観月は思っていた。


「観月さん!」


叫んで、跳躍。

細い身体が、観月の腕の中に飛び込んでくる。

きゅっと抱きしめてくる力は、恐らく日本平均女性よりかなり強め。

観月は力的な理由もあり、息を詰めた。


「ぐっ・・・!?と、巴くん?どうしたんですか!?」


いきなり抱きつく事自体は、そう珍しい事ではないが、一応巴も年頃の少女。

学校ではそうおおっぴらにいちゃいちゃしたりはしない。

・・・していないと思っているのは実は本人たちだけであるが。

ともかく、学校という公の場の廊下で抱きつくとは、一体巴に何があったのだろうか。


「巴くん・・・?」


顔を覗き込むと、うっすらと桃色に染まった頬をあげて、潤んだ大きな瞳で見上げてくる。

さくらんぼの色をした唇が、いつもより低くかすれた、甘い声で観月に告げた。


「ちゅうしてください。」


「・・・え?」


「観月さん、ちゅうしてください。」


抱きついて、おねだりされた。

かわいくて、思わず叶えてあげたくなったが、踏みとどまった。

なぜなら。


「・・・ここで、ですか?」


学校の、廊下で。

さっきの巴の発言を聴いて、振り返ってこちらを見る生徒も何人かいる。

視線で威嚇しておいて、再度巴を見ると、やはり潤んだ目でこちらを見上げてささやき続けていた。


「ちゅうして。観月さん。」






「と、巴くん?どうしたって言うんですか?・・・って。こら!」


言っている間に、巴は背伸びをして観月の頬や首筋にキスをしてくる。

かなりきわどく唇に接近してくるキスだ。

本音は嬉しいが、学校で生徒の見ている中というのは、流石に観月も恥ずかしい。

なにより、自分だって滅多に見ることのできないおねだりしてくる巴を他人に見られるのが、一番腹が立つ。

観月は巴の手をとって、慌てて近くの教室に入った。

入ってみると、そこは社会科準備室で、いわゆる地図だの地球儀だのの教材の倉庫だった。

ここなら当分人は入ってこないだろうと、観月は安堵した。

改めて巴と向きなおる。


「巴くん?一体どうしたっていうんです。突然・・・その、キスして欲しい、なんて・・・」


巴は一瞬、悲しげに瞳を揺るがせた。

あの巴が、悲しげに、である。

観月は思わずどぎまぎしてしまう。


「と、巴くん・・・?」


「嫌、ですか?」


「え・・・?」


「嫌なんでしょう。あたしとちゅうするの。」


儚げに言われて、観月はさらに動揺した。

嫌なわけがない。

むしろこんな場所でなければ、彼女のほうがもう嫌だというほどキスしたいくらいだ。

デートの途中だって、こんな潤んだ瞳で見つめてくる事なんてないのに。


「嫌なわけがないでしょう?でも、ほら。ここは学校ですから・・・」


「ここであたしとちゅうするのは、嫌ってことですか?」


「・・・だから、嫌じゃないんです。」


ここでなかったら。

そう、寮の自分の部屋なら。

キスといわずに、色々してあげることだってできる。

色々。

まぁ、色々。

一瞬、やましいことを想像した気まずさから、咳払いを一つ。

それから優しく、諭すように巴に告げた。


「寮に帰ったら、いくらでもキスしてあげますから。ね?だから教室に帰りなさい。」


「嫌。ここでして。」


巴は意外に頑固にそう言い張って、観月の身体を壁に追い詰めた。

首に腕を回して、なおも頬に唇を寄せてくる。

柔らかな唇が頬に吸い付く度に、甘い香りのする唇に吸い付きたい欲求に駆られてしまう。






ここは、学校で。まだ、午後の授業がある。

こんなところで・・・。

そう思う反面、こうも思う。

キス、くらいなら・・・。

キスだけなら、構わないかもしれない。

これだけねだるほど欲しいのなら、いくらでもあげたい。

校内でキスをするカップルが相当数いることぐらい、観月だって知っている。

いつもそれを見ては常識がない、分別がないと嫌悪していたが、いざ自分にお株がまわってくると、

構わないような気がしてきた。

迷う中、遠くで午後の授業の始まりのチャイムが鳴った。

もう、授業は遅刻だ。

キス、だけなら・・・。

チャイムに後押しされ、とうとう巴の誘惑に負けた観月は、巴の細腰に手を当てた。


「・・・わかりましたよ。・・・しましょう。キス。」


「・・・ほんとに?嫌じゃない?」


「ええ。・・・キスだけ、ね。」


すると巴は嬉しそうに微笑んで、観月に唇を重ねた。

口付けると同時に、観月の口内に舌が侵入してきた。

観月が驚くほどの、深くて激しいキス。

歯茎をなぞり、観月の舌と舌と絡ませては、吸い付き、甘噛みし、柔らかな内壁を貪る。

観月が離れようとしては追ってくる、貪欲な口付けだった。


「・・・ッ!!んぅ・・・っ あ、んむ・・・!」


酸欠状態に陥る感覚。

柔らかな唇と、自分の口内をもてあそぶ舌の感触が、とてつもなく甘い。

自分の胸に押し付けてくる柔らかいものの正体が、彼女の豊満な胸である事はとうに判りきっている。

わざとなのか、無意識なのか、ぐいぐいとその柔らかいものを押し付けてくる。


「・・・ん・・・ふ・・・っ」


甘い声が吐息の中に混じっているのを聞く。

それだけで、自分の中の何かが動き出してしまいそうな気がした。


「・・・っあ!はぁっ、はぁっ・・・んっぅ!!」


一端離れた唇だったが、息を整える間もなく、巴は追撃してくる。

思わずそれに応えてしまう観月。

唇を舐められ、また口内を蹂躙される感覚。

愛しい彼女が、自分を求めている感覚。

頭の中が、とろけてしまいそうだった。








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