観月×巴H
忘れていた。
清々しい風が吹く、5月の終わり。
巴はある事実を思い出し、顔色を変えた。
昨日、観月さんの誕生日・・・!!
高校2年生になって、後輩も入ってきて忙しかった5月。
新人戦もこなし、そろそろ受験をどうするか、なんて考える季節。
巴の脳みそに刻まれているはずの観月の誕生日を、うっかり忘れてしまっていた。
「どっ・・・どうしようっ・・・!!」
あの観月のことだ。
きっといつ誕生日祝いをしてくれるのかと、物凄く期待しながら待っていたはずだ。
だから、何のアクションもなかった昨日の今日で、きっとすごく機嫌が悪いはず。
想像するだけで、恐ろしい。
巴は今から観月に会って、どう謝ればいいかをシミュレートしてみた。
『ごめんなさぁい。観月さん。色々忙しくて、忘れてたんですっ。許して?』
涙ぐんで観月を上目遣いで見上げる自分。
それを冷ややかに見つめる観月。
『そうですか。忘れていたんですか。僕もきみにとっては、その程度の男だったということですね。』
だ、め、だ!!
こういうのはどうか?
『観月さん。はい、プレゼント。』
何事もなかったようにプレゼントを渡す。
あきれた目で見る観月。
『・・・僕の誕生日は昨日ですよ。』
『ええっ!?そうでしたっけ!?あたし、間違えちゃいました!?』
『・・・まったく・・・きみらしいですが・・・仕方のない子ですね。』
おおっ。
これはよさそうだぞ。
あきれられるかもしれないけど、怒ったりはしないはず。
んじゃ、こういうのは?
『観月さん・・・あの、お誕生日、一日遅れちゃったんですけど、貰ってくれますか?』
『・・・何です?いまさら。』
『あの、あたし、観月さんの言うこと、今日一日だけ何でも聞きますから・・・許してくださいっ・・・!』
『・・・そうですか。それなら、今日は僕のベッドの中でゆっくりお説教でもしましょうか。』
・・・。
うやむやにできるかもしれないけど、あたしが大変そうだなぁ・・・。
やっぱり2番目のやつでいこう。
巴は寮の自室を駆け出して、観月のマンションまで走った。
ドアを開けてもらったら、物凄く不機嫌な観月が出てきた。
眉間にはしわが寄っている。
「・・・何のようですか?」
目と声が冷たい。
それを見ただけで、巴はしゅんとしたが、それでも2番案を通すため、必死で気づかないふりをした。
「えと、入ってもいいですか?」
「・・・ええ。どうぞ。」
明らかに歓迎されていない風に言われ、あっさり背を向けられて、巴はまたへこんだ。
リビングに通され、ソファに座るよう促されると、巴はおとなしく従った。
巴の隣に、観月が座る。
けれど、微妙に距離を空けて座られた。
巴は思わず泣き出したくなったが、がまんした。
そして、持ってきた袋を取り出して観月に掲げて見せた。
「観月さんっ!お誕生日おめでとうございますっ!」
勤めて明るくいったつもりだった。
しかし、静かで冷たい部屋にむなしく響いただけで、観月は眉をぴくりと動かしただけだった。
「・・・僕の誕生日は、昨日ですが?」
うっ!
やっぱり怒ってる!!
しかしここは予想通り、シュミレーション通りに返す!
「えっ!?あたし、間違っちゃいました!?ごめんなさいっ!!」
素直に頭を下げる巴。
しかし、シミュレーションに反して、観月は何も言わない。
あれれ?と思っていると、観月が巴の渡したプレゼントの中身を覗き込んだ。
「・・・クッキーとお茶の葉ですね。」
「あ、はい。そうなんです。」
「・・・同じ贈り物を2度しないきみが?初めて僕の誕生日に持ってきてくれたものと同じものを?」
「えっ・・・そうでしたっけ?」
笑いながらごまかすしかない。
誕生日を忘れていたということは、誕生日の存在自体忘れていたということで、
それはつまり、 プレゼントを用意するということができなかったということだ。
このプレゼントはさっき来る途中に店でとりあえず、観月が喜びそうなものを選んだだけだ。
いつもなら悩みに悩んで決めるので、手抜き感がいなめない。
「それに・・・きみがクッキーを自分の手で作らないなんて。僕に渡すのに。」
ううっ!!
巴は冷や汗が滲むのを感じた。
観月が巴の手作りものが好きだなんて、長い付き合いでお互いが知っている。
観月を見上げると、冷たい視線が降ってくる。これは・・・
「・・・巴くん。正直に言いなさい。忘れていたんでしょう?」
ばれている。
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
観月にこれ以上、嘘をつき続けるのは無理だと思い、巴は素直に頭を下げた。
「まったく。下手な芝居をして。どうしてすぐに謝らないんですか!」
心底あきれた、怒った声で言われて、巴は俯いた。
「だって・・・観月さん、怒ってると思うと、怖くて・・・」
「怒りますよ。ただでさえ、誕生日すっぽかされて傷ついてるのに、
下手な芝居で誤魔化せると思われていたなんて、よけいに腹が立ちます。」
観月のいうことは、当たり前で、当たり前すぎて涙が出てきた。
「・・・泣くのはやめなさい。卑怯ですよ。」
「だっ・・・て、あの、あたし、観月さん、傷つけて、その上っ・・・嘘ついてっ!」
今にも声を上げて泣き出してしまいそうだった。
観月をないがしろにしようとした自分が、とても高慢で嫌な女に思えた。
「・・・どうして、嘘なんかついたんです。」
観月の声は、落ち着いていて、でも冷たかった。
「・・・観月さんが、怒ったら、嫌だなって・・・」
観月さん、怒ったら怖いから。それに。
「・・・それに、嫌われたく、なくって・・・。」
忙しかったのは本当だけど。
今まで、一度も忘れたことなかったのに。
大好きな観月さんと、一緒にいられる大切な日だったのに。
どうして忘れちゃったんだろう。
「観月さん、あたしのこと、嫌いになりましたか・・・?」
顔を上げてたずねると、観月はやっぱり冷たい目で巴を見下ろしていた。
「・・・どうでしょうね。」
「観月さん・・・!」
「そうですね・・・今日一日、僕のいうことを聞いてくれますか?そうしたら・・・許してあげます。」
巴は目を丸くして観月を見た。
さっきの3番案だったからだ。
そんな巴を見て、ようやく微笑んだ観月は、巴の頬に手を伸ばし、涙をぬぐった。
「嫌なら、いいですよ。帰ってもらってかまいません。」
帰れる、はずがない。
今ここで帰ったら、本当に観月を手放してしまうかもしれない。
それは、絶対に、嫌。
「いいえ。・・・聞きます。何でも、今日は観月さんの言うこと、聞きます。」
観月はいじわるく、笑った。
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