リョ桜
これは少年少女の、芽生えた恋と、成就した恋のお話。
すれ違いがちな二人が、ようやくスタートラインに立ったお話。
+++
…春。
午後の日の光の中を、はらはらと舞う桜の花弁。
教師の口から流れ出る英語の滑らかさに、思わず込み上げてくる欠伸をかみ殺した。
"What's wrong?"
"I have a fever."
I have a fever...
越前リョーマは、先程の昼休みに耳にしたクラスメートの言葉を思い返していた。
別に盗み聞きをしようとしていた訳ではない。
ただ聞き慣れた名前を耳にして、ふと意識がそちらに傾いてしまったのだ。
「…竜崎って、結構可愛いよな…」
ちらりと斜め後ろの席を見遣る。
当の彼女は熱心に英語の授業に聞き入っており、前方から注がれた視線には全く気がついていない。
リョーマは口の中で小さく舌打ちをし、再び前に向き直った。
竜崎桜乃。
リョーマの所属するテニス部顧問、竜崎スミレの孫であり、またクラスメートでもある。
彼女自身も女子テニス部に所属しているため、友人の小坂田朋香と共に
リョーマに教えを乞うこともこれまでに度々あった。
そんなときの彼女はいつも下を向き、頬を赤らめて「ごめんね」を連発する。
(…ほんと、迷惑。)
表情カタすぎ、肩開きすぎ、髪の毛長すぎ、ヘッピリ腰…
容赦なく浴びせかけられる言葉に、ますます俯きがちな彼女。
リョーマはその仕草の一つ一つを思い返して、忌々しげに溜息を吐いた。
+++
(ヤバい、早く行かないとまた部長に…)
6限、HRとぶっ通しで居眠りをしていたリョーマは、時計を気にしながら
手当たり次第かばんに荷物を詰め込んでいた。
…そのとき。
「あっ、あの…リョーマくん!」
後ろから、声がした。
聞き慣れた声。
先程から背後で誰かが見ているような気配は感じていたものの、急いでいる為無視を決め込んでいたのだ。
ちっと舌打ちをして振り返ると、そこには日誌を抱えた竜崎桜乃が立っていた。
「あの…今日、私とリョーマくん、日直でしょ?だから…」
「…だから?」
桜乃は、おずおずと手にした日誌を差し出した。
「…今日の二限って何だっけ。」
「えっと、国語。文法…動詞の活用だよ」
一つの机を挟んだ二人は、視線をかち合わせないよう、お互いにやや斜めを向いて座っている。
リョーマは桜乃の言葉通りに、日誌にシャーペンを走らせた。
気詰まりな沈黙が流れる。
「あっ、あの…男子テニス部は、今日も練習あるの?」
桜乃は何とか会話を交わそうと、思い付いたことをそのまま口にしてみた。
…が、それには答えず、黙って窓の外を指さすリョーマ。
そちらに視線を向けると、部員たちが集まるテニスコートの様子がしっかりと見えていた。
「アンタまず自分で考えなよ。」
桜乃はまた俯き、ごめんなさい、と呟いた。
再び、沈黙。
「…今日の、昼休みさ…」
突然、リョーマが口を開いた。
桜乃はぱっと明るい表情になる。
「うん、うん、なに?」
「……」
『アンタのこと、可愛いって言ってる奴がいたよ』
…言える訳がない。
大体、そんなことを言う理由が見当たらない。
リョーマは、何故こんなことを口にしたのだろう、と自問した。
考えても、答えは浮かばない。
机に開いた日誌から視線を上げると、続きを期待して瞳を輝かせる桜乃の顔が映った。
…手を伸ばせば容易に触れられる距離にいる、彼女。
春の陽光に透ける後れ毛。
キラキラと輝く瞳。
『竜崎って、結構可愛いよな…』
「……」
リョーマはすっと手を伸ばし、桜乃の細い首を引き寄せた。
「リョーマく…」
「……黙って。」
二つの影が、重なった。
唇を重ねたまま、リョーマは薄く瞼を開いてみた。
間近に映る桜乃の顔は、見開いた目に驚愕の色をたたえている。
(…全然可愛くない、こんな奴。)
胸の内側に、むかむかとした苛立ちが沸き起こる。
リョーマはその感情に任せて、桜乃の身体を引き寄せた。
「りょ、リョーマくん…」
「…だから、黙って。」
再び重ねられる唇。
今度は先程とは違い、互いの体温を伝え合う深い、深いキス。
桜乃は喘ぐように息をつぎ、リョーマの顔を見た。
彼の顔には表情はなく、何故か微かな怒りすら感じられる。
(…リョーマくん…?)
不安な気持ちを掻き立てられる表情。
…が、制服のボタンが外される感触で、桜乃ははっと我に返った。
「ちょ、ちょっと待っ…」
「無理。」
全て外すのが面倒になったのか、リョーマは途中まで開かれたブラウスの胸元に強引に手を差し入れた。
「…あ…っ!」
突然触れた手のひらの冷たさに、桜乃は思わず声を上げた。
リョーマの顔に浮かんだ挑戦的な笑みに、かぁっと頬が紅潮する。
「や…リョ、マくん…っ!」
桜乃の淡い抵抗も全く功を奏さず、リョーマの指は彼女の胸の先端に辿り着いた。
瞬間、腕の中の細い身体がびくん、と痙攣する。
「……っ」
彼女は瞳に涙を溜めており、その為リョーマの表情がよく見えなかった。
どうしてこんなことを?
そんな問いも、首筋を甘噛みされる感覚にかき消されてしまう。
リョーマの指が、桜乃の脚の間をすっとなぞった。
「ひゃっ…?!」
びくびく、と痙攣する身体。
涙を浮かべて、懇願するようにリョーマを見た。
それでも、その指先から送られる刺激は止まることがない。
「あっ、あ…や、やだ…っ!」
徐々に上り詰めてくるような快楽に、桜乃は身をよじらせた。
涙目に映った白いカーテンが、風をはらんではためく。
リョーマは指を止め、彼女の下着に手をかけた。
「…入れるよ。」
「………!」
涙目に映る白いカーテン。
何故だかそのとき桜乃は、カーテンを閉めなきゃ、などということを考えた。
わずかに開いた窓から、桜の花弁がひらりと数枚舞い込んでくる。
やがて沸き上がる痛みと微かな快楽。
洩れる嗚咽に喉の奥がかすれ、閉じた瞼には残像がのこった。
満開に咲き誇る、桜。
|